これまでのあらすじ
 梓は新軽音部(仮)の部長として憂・純と共に新たな伝説を作るべく立ちあがった(誇張あり)。
 そこでさわちゃんが仕入れてきた謎の天才ギタリスト・横川茜に接触するが彼女はなんらかの理由でギターを封印していた。
 そこで梓はスッポンモドキとケーキで釣った。

 音楽室。
 前世代の主要メンバーが卒業した今もティーセットだらけ。
 音楽室らしからぬ様相を醸し出した空間だった。
 ただ前世代と一つだけ違いがあるとするなら、隅っこにスッポンモドキの水槽がある事だ。
 さわちゃんの気まぐれに頼って梓の一存で部に置いたのである。

「はい、とんちゃん。餌だよ」

 梓は水槽のスッポンモドキに餌をあげる。
 名前はとんちゃんという事に決めた。
 その様子を見て純は軽口を叩く。

「しかし梓も新入部員の為に亀を飼うなんて無茶なことをやったよね。もしかして梓が飼いたかったんじゃ」

「そ、そんな事ないって!」

「でも、とんちゃん可愛いですよね!ブヒブヒ〜」

 新入部員の横川茜も満面の笑みを浮かべながらとんちゃんの泳ぐ姿を見つめる。
 彼女は軽音部に入部した新戦力だ。
 だがその実力は未知数。
 実の所、本当にギターを弾けるのかもわからない。
 彼女の目的はとんちゃんとお茶とケーキだ。

 しかし梓には何故か確信があった。
 桜高では伝統的に軽音部の入部希望者が何故か少ない。恐らく正攻法じゃ部員は獲得出来ないだろうという事。
 それともう一つがあるとしたら……

「お姉ちゃんに似てるよね、茜ちゃん」

「う、憂!?」

 梓は自分の後ろに居たにも関わらず気配を見せない憂に驚く。だがそれはいい。
 憂の言うとおりだ。憂の姉・平沢唯の影が、茜に被るのだ。
 本当の所は、梓は茜の事を本能的に放っておけなかったのか。
 あるいは梓は唯のような人間を梓が深層心理で欲しかっただけなのか。
 それはまだ梓にはわからない。

「でもお姉ちゃんがギター辞めちゃったらどうなるのかなぁとか茜ちゃんを見てるとちょっと思うんだよね」

 さらっと言ってのける憂だが、心理的には複雑なのかもしれない。
 今まで憂が面倒みて来た姉が一人暮らしを始めた事による寂しさみたいなものを憂は引きずってるのかもしれないと梓は思った。


 その日、梓は憂と下校中にこんな提案をしてみた。

「ねえ憂。唯先輩の住んでる寮ってそんなに遠くないよね」

「うん、少し電車に乗ればすぐかな」

 N女子大に入学した唯は、寮で一人暮らしを始めていた。
 梓からすれば本当に出来るのか不安な所はあるのだが。

「ちょっと様子見に行こうか。本当に生活出来てるか気になるし」

「そ、そうだね!お姉ちゃんが怪我してないか心配……」

 梓にとってはまず自分の軽音部の心配をする前に唯が本当に生活出来ているのかが不安なのだ。
 勿論それは憂も同じである。

「部長……か」

 梓はその言葉の重みを少しずつ実感し始めて来ている。
 彼女は今までの軽音部では後輩として可愛がられるだけだったからだ。
 しかしこれからの軽音部は少なくとも梓が引っ張って行かなければいけない。
 そして横川茜はどんな動機にしろ初めて出来た部の後輩なのだ。

「またスタジオで会えるから」

 卒業式の日、先輩の一人がそう言ってくれた事を思い出す。
 本当は全てを投げだしてもいいのかもしれない。
 学校で一緒じゃなくても放課後ティータイムは続けられる。
 なんなら梓もN女子大を狙えば……。

 梓は電車に乗ってた時からこの寮まで歩いてくるまでずっと現状の事を考えていたようだった。

「着いたよ。ここがお姉ちゃんが暮らしてる寮だよ」

 憂に声をかけられて梓ははっと気が付いた。

「あ、ここかー」

 やや古ぼけた面持ちの二階建ての寮。だがどこか素朴な雰囲気も醸し出している。
 立て札には「きらら寮」と書かれていた。
 ここが唯が一人暮らしをしている寮だ。
 その中の「平沢」と書かれた一室。ここに唯が暮らしているはずだ。

 呼び鈴を押すと少し間を置いてから見なれた人物が顔を出した。

「ふわ〜い……」

「はーい。お姉ちゃん。元気してた?」

「おお〜憂〜」

 抱き合って再会を喜ぶ平沢姉妹。

「相変わらずですね、唯先輩」

「あずにゃ〜ん!久しぶりぶり〜あずにゃん分補給〜むちゅちゅ〜」

「ちょっ、止めてください!」

 卒業式から一か月も経ってないせいか。
 はたまたこれが唯の本質なのかは分からないが、どちらにせよ雰囲気はあまり変わっていなかった。

「そういや純ちゃんはどうしたの〜上手くやってる?」

「純とも上手くやってますよ。今はちょっと用事があるって言って来れませんでしたけど」

「ふ〜ん。純ちゃんのモコモコしたかったのにな」

「モコモコ扱いですか……」

 唯は今までと変わらない様子だった。
 高校を卒業したとは言え、たかが一カ月程度だ。
 しかし気になるのはそこではない。

「食事はインスタントラーメンばっかじゃないですよね……」

「そこは大丈夫なのだよ、あずにゃん。この寮は食事当番制なのだよ。ふんす!」

「そこが心配なんですが」

「あ、でも前に作ってくれた目玉おかゆは美味しかったよ」

 すかさず入る憂のフォロー。
 唯は確かに見てると何もできなさそうに見えるが、これでも上手くハマれば意外ときっちり仕事をこなしてくれるのだ。

「でしょー。私と同じ時期にこの寮に入って来た子が居るんだけど、その子も美味しいって言ってくれたんだよ。私の作ったお好み焼きご飯」

「お好み焼きご飯って……本当に作ったんですか!?”ごはんはおかず”のアレを!」

「でも私関西人じゃないし……」

「どないやねん!」

 とりあえず唯はなんとか怪我もせず生活も出来ているようだった。
 一カ月ほど連絡を断ってみたが、やはり一カ月ポッキリじゃ人間そうは変わらない。
 それだけ確認出来れば梓にとっては十分である。

「そういや軽音部はどうー?呼びこみ出来てる?」

「うん。新歓ライブはまだだけど、もう新入部員が二人も入ったんだよ。お姉ちゃん!」

「ほほう。どんな子?」

「カメのとんちゃんって言うの」

「そっか!後輩が出来て良かったねあずにゃん!」

「嫌味か天然か分からんネタですね…」

 唯なら本気で「一人で残されるあずにゃんの為にスッポンを残してあげるよ。新入部員だよ〜」とか言い出しそうだ。
 それでも嫌味はないのだろう。多分。
 しかしカメでは部員として認めてもらえない。つまり依然3人のままだ。

「大丈夫ですよ。人間の新入部員も居ますから!」[けいおん二次]

 だが梓が叫んだ直後である。

「唯さ〜ん。そろそろご飯ですよ〜」

 部屋の外から少女の呼ぶ声が聞こえる。
 少女はこの寮に住む人物なのだろう。

「あーい。今行くー」

 唯は適当に返事を返す。

「誰ですか?」

「んー。今日の食事当番の子。一応ローテーションで回してるんだけどね」

 この寮の風習なのだろう。

「あ、そうだ。憂とあずにゃんはご飯食べて行かない?」

 そろそろご飯時だ。お腹も空いてきた頃である。

「え、いいの? お姉ちゃん」

「でも悪いですよ。部外者ですし」

「大丈夫大丈夫。うちの寮はご飯がタダだから」

「唯先輩、それ適当に言ってますよね」

「ごめんなさい。適当に言ってました。タダじゃありません!」

 梓が食事をこの寮で食べて行くか迷ってた時である。
 さっき声をあげていた食事当番の少女が、また唯に呼びかけてきた。

「あ、そうだ。唯さん。ご飯の前にちょっと相談があるんだけど……」

 そして食事当番の人物は今度は唯の部屋に入って来た……のだが、その人物を見て梓は驚愕する事になる。

「あーっ!」

 梓と食事当番の少女が驚愕の声をあげたのは同時だった。
 しかし梓にも少女には見覚えがある。

「よ、横川さん!?」

 食事当番の少女は新軽音部の新入部員である横川茜だったからだ。

 オチずに次の話へ続く。


 3話「フェア!」


 目次へ戻る

inserted by FC2 system