「ほら、泣いてる場合じゃないぞ。今度は梓が部長なんだから!」

「どんな軽音部になるんだろ、あずにゃんの軽音部!」

「……いっ、今の軽音部より全然すごい部にしてやるです!」

「その意気だ!」

「学園祭ライブ絶対見に来るからね!」

 こうして放課後ティータイムは「桜高軽音部」としての活動を終了した。
 そして、これは残された者の物語の続きである。

 あずにゃん部長! #1 カメ!


 ※原作の続きを想定しています。



 それから一ヶ月後の音楽室。

「梓ちゃん、はいお茶」

「んー。ありがと」

 軽音部部長の中野梓は、新入部員の平沢憂の淹れてくれた紅茶に口をつけた。
 結局、彼女は今でもこうして放課後のティータイムを満喫している。

 音楽室がティータイムの場所になった元凶である令嬢の先輩は

「お菓子を沢山もらうから梓ちゃんが卒業するまでなら食べてもいいわよ〜」

 と太い眉毛を全くひそめずに了承してくれたのだ。

「なるほどね。練習そっちのけで美味しい紅茶とケーキを食べてるのが軽音部だと聞いてたけど、こりゃさわちゃんが存続させたがる訳だ。私も2年前に入れば良かったかなー」

 新入部員の鈴木純がチョコレートケーキを食べながら、そんな事をこぼす。

「一応、練習させようとしたもん」

 梓はそう言って軽音部に入部した頃を思い出す。
 元を辿れば彼女は前世代の先輩4人の演奏に惹かれて入部した。
 中でもギターの人物の演奏の技術を評価していた…のだが、それが甘かった。
 何故ならそのギターの人は当時ギター歴1年の初心者だったからだ。

「そういや、さわちゃんは?」

「あ、忘れてた」

「梓ちゃんの為にも軽音部を存続させるんだって張りきってたよ」

「それ、ケーキとクーラーの為の間違いだと思う」

 梓と同じく顧問のさわ子先生、通称さわちゃんも取り残された人物の一人だ。

 そんな話をしてると、音楽室の扉が勢いよく開かれた。

「みんな!期待のエース候補が見つかったわ!」

 入って来たのはさわちゃんだった。

「そして憂ちゃん、お茶を入れて!」

「あ、はーい」

 憂が淹れてくれた紅茶を一口呑んでからさわちゃんはこう言い出す。

「まず憂ちゃんと純ちゃんを確保する事には成功したわね。おめでとう、梓ちゃん」

「ああ、はい」

 憂と純は、その取り残された梓の為に付き合ってくれているのだ。
 その思いに報いる為にも梓は今の軽音部を盛り上げていかなければならないと決心している。

「でも三人だけじゃ足りないわ。最低でも4人居なければ廃部よ!ティーセットもムギちゃんの元へ強制送還されるわ!」

 そう、桜高で軽音部が存続するには4人以上居ないと成り立たない。
 つまり梓・純・憂の3人だけでは部として認められないのだ。
 まだ猶予は残っているが、現状を維持し続けるのも時間の問題である。
 誰でもいいから最低一人見つけなければならない。
 例え練習に参加しない幽霊部員であっても、だ。

「じゃあ、新歓ライブの練習でもしますか?純はベース経験者ですし、憂も…」

「ふっ、甘いわ梓ちゃん」

「じゃあ、やっぱあの着ぐるみでも着るんですか?」

「それもいいけど確実ではないわね。今、私達に必要なのは確実な新戦力でしょ」

「じゃあどうすんですか」

 とは言え新戦力が欲しいというのは梓も認める所だ。
 せめて学園祭まで新軽音部を続けていきたいと思うが、それには梓に残された時間が無さすぎる。

「ライブハウスで働いてる昔の友達から聞いた話なんだけどね。少し前までこの辺りの界隈では有名だった中学生のバンドグループがあってね」

「はあ……」

「特にそこのギターの子がすごく良いう腕だったらしいんだけど、なんかグループ内でもめ事が起きたのか知らないけど辞めちゃったんだって」

「……その中学生の子がどうしたんですか?」

「なんでも私の友達によると今年からこの桜高に入部したって言う話よ。これは新戦力としてスカウトするチャンスじゃないかしら…」


「横川茜」
「我が校の新入学生である」
「その愛らしい顔立ちと卓越したギターの才能で、当時の界隈では人気が高かった」

 ……あの〜… 

「ファンクラブが存在するほど人気があった」 

 さっきから何言ってるんですかー?

「実は軽音部に入ってもらいたいんです」

 梓は新入生の少女に単刀直入に言い出す。
 さわちゃんが仕入れてきた写真を見たが、目の前の新入生・横川茜は写真の謎の天才ギタリスト少女と同一人物に見える。
 だが何故、彼女がギターを止めたのか梓には分からない。
 しかし多少なりとも強引にやっていく覚悟は梓にだってある。

 だが天才少女の反応は予想外の物だった。

「け、軽音部!? うっ…持病の腹痛が…」

「ちょっ、横川さん!?」

「大丈夫!」

 心配する梓と純をしり目に横川茜はわざとらしく言い出す。

「済みません…多分人違いです…私は別に天才なんかじゃ…うっ!」

「大丈夫? 横川さん。保健室へ行く?」

「へ、平気です…それより…お役に立てず、なんて謝ればいいかぁ…」

「こ、こっちこそごめんね!?」


 結局、新入部員を獲得出来なかった梓と純はのこのこと音楽室へ帰って来た。

「全然ダメじゃん、さわちゃん! 教えた通りやっても捕獲出来なかったよ!」

 純の愚痴に対してさわちゃんは

「あれ?私はあんな感じで顧問にさせられたんだけどなぁ」

「まぁまぁ。はいお茶でも呑んで落ち着いて」

「ありがと、憂」

 とりあえず一息つく梓。

「やっぱアレね。下手な手を打たないで地道に新歓ライブと着ぐるみ勧誘で…」

「だったら最初からその路線で行けばよかったじゃん!」

「でも、あの横川さんって子には悪い事しちゃったな…」

 全てはさわちゃんの仕入れた噂に過ぎないのだが、中学時代の横川あかねは本当にすごかったらしい。
 しかし実際に見てみるとちょっと抜けた感じなだけの女の子だった。
 それだけに変なことをしちゃったかとも梓は思う。

 だが過ぎた事は仕方ない。気分の切り替え方は梓が放課後ティータイムで身に付けた技術かもしれない。

「そうだ。音楽室の備品が切れてたはずだからホームセンターに買いに行こうよ」

「そうだねぇ、梓部長。今どうこう動いても仕方ないし」

「部長って言われるとなんか照れる……」

 そうして部室から出て行こうとする三人だったが、

「ふっ、待ちなさい。あなた達」

 部室から出て行こうとしたら、さわちゃんが呼びとめる。

「なんですか、またなんか新入部員を獲得する為の奇策でも思い浮かんだんですか?」

「違うわよ、梓ちゃん。何か欲しい物があったら一つだけ買ってあげるわ」

「どういう風の吹き回しなんですか?」

「どうせまたろくな理由もなさそうだよねぇ」

 怪訝そうな表情を浮かべる梓と純に対し、さわちゃんはこう言い出す。

「前に私の使っていたギターを売ったお金があったでしょう。50万円もした奴」

「あー、ありましたね。没収されたけど」

 前にさわちゃんのギターを売った時は50万円もの値段で売れたという事件があった。
 しかし、そのお金を隠蔽しようとした前部長はそれ故に1万円しか部費に回してもらえなかった。
 それはさわちゃんなりの厳しさではあったのかもしれない。
 そして今その事を引き合いにしているさわちゃん。

「梓ちゃんの部長就任祝いよ。その時のお金だと思って、なんでも欲しい物を買ってあげるわ。ただ高すぎる物はダメだけど…」

「さわ子先生……」

「そうやって良い先生ぶっても本性はバレてますから」

「なによー!」


 それから梓・純・憂は近所のホームセンターへ赴いた。
 やはり部室の整頓は必要なのである。

「こうして見ると広くてなんでも揃ってるよね、このホームセンターって」

「そうだねー。とりあえず必要な物を見て行こうよ」

「ごめん。必要な物の判断は全部、憂に任せる……」

「了解だよ!」


「唯先輩やムギ先輩が居たら大変だったろうなぁ……」

 ふと梓は大学へ行った先輩達の事を思い出す。
 彼女達がこの場に居たらきっと子供のようにはしゃいで回ってたかもしれない。
 そんな事を考えて梓はふと笑みを浮かべていると、なんかとんでもない物を見た。

「電動ねじ回し!ばびゅーん!」

 なんか電動ねじ回しを銃に見立てて遊んでいる小学生のような真似をやってる女の子が居た。
 しかし、その娘は決して小学生ではなかった。
 むしろ梓も先ほど見たばかりの顔である。

「……えっと、横川さん?」

「はっ!あ、貴方はさっきの!?」

 電動ねじ回しで遊んでるのは先ほど梓と純がスカウトに失敗した謎のギタリスト横川茜であった。
 しかし今ここに居る彼女の姿はちょっと残念な子に見える。

「横川さん。あんまりお店の物で遊んじゃ…」

「す、すいやせん!ちょっと童心を思い出したというか…へへへ」

 そう言われてすぐに電動ねじ回しを棚の列へ戻す横川茜。
 恐らく悪気があったり万引きしようとしたりしてる訳ではないのかもしれない。

「あー!」

「にゃっ!?」

 突如放たれた横川茜の叫び声にたじろく梓。
 何が起きたのかと茜の視線の先を見ると、そこには熱帯魚などの水槽がずらりと並んでいた。

「ど、どうかしたの?」

「スッポンだよぉ! かわいいスッポンだねぇ〜♪」

「かわいい?」

 梓が見てみると、そこには豚のような鼻の亀が泳いでいた。
 だがそれは横川茜の言うスッポンではなく、スッポンモドキである事に梓は気付く。

「スッポンの中でも、とびきりの美人さんだねぇ〜♪」

「いやだから、スッポンモドキだって、カメだよ、カメ!」

「鼻にピーナッツ入れたくなるかわいさだよぉ」

「どんなかわいさなのそれ」

 水槽に顔を押し付けてスッポンモドキを愛でる横川茜。
 それを見て梓は一人の人物を思い浮かべる。

「(この横川さんって子……唯先輩に似てる?)」

 いや、しかし梓の知る唯はさすがにここまで残念な人物じゃなかった気が……しなくもなかった。

「(似たようなもんかなぁ。唯先輩も凄いんだか凄くないんだか分からない人だったし……)」

 だがスッポンモドキを愛でる横川茜の姿は梓にとってどことなく親近感を抱く物だった。
 やはりどこか唯に似てるのかもしれない。

「はっ!おかねが無い!これじゃ飼いたくても飼えないよぉ」

 だがペットを飼うのにかかる費用は決して安くない。
 学生の身分では手の届かない領域だ。

「(そうだ……一つの賭けになるけど、この子を引き入れる為なら!)」

 嘆く横川茜を見て、梓の中で一つの考えが生まれる。

「ねえ、横川さん」

「はっ、ど、ど、どうしましたか。先輩!?」

「そのスッポンモドキ……どうしても飼いたい?」

「……そうですねぇ。ギターを売ってでも……はっ、いやなんでもないです! 飼いたいです! でも飼えないんです! この子を飼えたらなんでもやるのにー」

「うん、分かった」

 横川茜のスッポンモドキに対する執着を見た梓は、一つの決意を固める。
 その決意を後で純や憂に話したら、純には正気を疑われた。
 しかし、梓は本気だった。

 スッポンモドキを、軽音部で飼う。
 それが梓の覚悟である。


 数日後。

「横川さん。実は音楽室にまで来て欲しいんです」

「ひゃっ!」

 梓は再び横川茜をスカウトしようとしていた。

「ギ、ギターはもう弾かないですよ!?」

「うん、別に弾かなくてもいいからちょっと来て?」

「な、何故ですか?」
「お茶くらいなら出すから」

「……はい。絶対、ギターは弾きませんけど行くだけならいいですよ」

 そういう茜にはどうしてもギターを辞めたくなる事件があったのかもしれない。
 だが梓はそれと同時に茜が元ギタリストである事を読んでいた。
 何故なら、先日、スッポンモドキを欲しがった茜はギターを質に入れようとか言い出してたからだ。

「行こう、横川さん!」

 梓は茜の腕を少々強引にでも引っ張って行く。
 当初は軽音部を一人で背負う覚悟だって決めていた。 
 ダメダメに見えて本当は頼れる先輩達はもう居ない。
 自分が引っ張って行かなきゃいけないと梓は決心する。
 だから茜の腕を確かに掴む。
 離さないように。


 桜高の音楽室の前の階段には、ウサギとカメの彫像がある。
 カメの歩む速度は鈍いが確かに進んで行く。
 そしてカメの確かな一歩は、カメよりはるかに早いはずのウサギを後ろの方へ置いてけぼりにしてしまう。

 ならばカメのように遅くても確かに一歩ずつ歩いていこう。

「みんなー!!連れて来たよ!」

 梓は茜を引き連れて共に音楽室の扉を勢い良く開いた。

「おー、本当に連れてきたよ」

「憂、お茶の準備!」

「うんっ!」

「そ、それで一体何を……」

 茜はどことなく怯えているようでもあった。
 本当にギターをやる気はないのかもしれない。
 だがそれでも梓は一つの賭けに出ていた。

「横川さん。あれを見て」

 梓は音楽室の隅っこを指さす。
 そこには本来、音楽室には無いはずの物が鎮座していた。

「す、水槽!? そして中に居るのはまさか……」

「そう、これがうちの新入部員のスッポンモドキだよ!」

 梓の賭けというのは、さわちゃんが何か一つだけ部費で買ってくれるらしいのでスッポンモドキを飼おうと決めた。
 そうする事で横川茜を惹きつけられると思ったのである。

「このスッポンモドキも我が部の一員だと私は思ってるんですよ。なんだけど、でもペットは人数に換算されないんだよ。スッポンモドキに人権はないから」

「それは可哀想ですね!」

「うちの高校では4人以上居ないとクラブとして認められなかったりするんだよ」

「私もギターは弾きたくありません!」

「でもうちの軽音部は前世代から練習しない事が売りだったりするんだよねぇ」

「はい、茜ちゃん。紅茶の用意が出来たよー」

 憂がティータイムの準備を終えていたらしい。

「横川さん、そこに座って。そこのケーキも食べていいから」

「え、どういう事なんですか?」

「言ったでしょ。この部は練習しない事が売りだって!」

 梓は説明する。
 この部はつまり放課後にティータイムを楽しみつつ、適度に勉強しつつ、学園祭を切りぬける部であるという事を。

「それってすっごいダメダメ部活じゃないですか!」

「う、うん。まあね……」

「そっかあ。お茶を呑むだけならいいかなぁ。スッポンも居るし〜ギターは弾かないですけど〜」

 茜は半ば幽霊部員としてなら部に籍を置いても良いと思ったようだ。
 何故、彼女がギターを弾くのを辞めたのか。
 そもそも彼女は本当に天才なのか。それはまだわからない。
 だが大丈夫だ。多分。

「軽音部へようこそ!」

 こうして次の日常が始まって行く。
 梓の部長としての苦難はこれからも続く、のかもしれない。


 #2「一人暮らし」へ続く


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