平沢唯、誕生日記念SS(11/27執筆)

〜〜〜〜〜

 きらら寮は4人しか住んでいない小さな女子寮だ。
 N女子大へ通い始めた平沢唯は高校を卒業した日から一人暮らしを決意した。
 そして、このきらら寮で暮らしていた。

 あの慌ただしかった受験勉強から半年が過ぎようとしている。
 ギタリストの端くれである唯も、そろそろ梅雨対策をした方が良いと考え始める時期だった

 そんなある日の朝。

「むにゃ〜」

 唯は相変わらず朝に弱かった。
 かわいらしい目覚まし時計を使ってはいるが、効果はあまり無い。
 今まで朝を起こしてくれていた妹とは離れて暮らしているのだ。
 この日は1限目から大学の講義を入れていて、余裕があるとは言い難い。
 それでも唯は愛用のギターを抱いてぐーすか眠りこけてる。

 そんな中、ある少女が唯の部屋に入り込んできた。

「平沢ー。今日あんたが食当じゃん」

 彼女の名前は若王子いちご。
 唯と同じくきらら寮の住人だ。

 この寮は住人同士での交流が深く、こうして他の住人の部屋に遊びに来る事も少なくない。
 いちごは寝ぼける唯を起こしに来てやったのだが……。

「ういぃ……今日は日曜だ……うが……けいおん部た……ブヒ」

 いちごが起こしたにも関わらず、唯はギターを抱きしめたまま目を覚まさない。
 しかしいちごも唯がそういう人間である事は理解してるのか、強硬手段に出る事にした。

「だったらギターを取り上げよっと」

 いちごは唯が抱きしめているギターを無理やりひったくろうとした。

「ギ、ギー太! Oh My ギー太!」

 唯も寝ぼけながらギターを離さないと力を入れるが、いちごはそんな唯を無理やりに引き出す。

「ギー太ぁ!ふおおおおおっ!」

 唯は思わず布団から飛び起きた。
 そしていちごと目があった。

「おはよ、平沢」

「ん?おはよ、いちごちゃん……ふあぁ〜」

 唯はあくびをしながら飛び起きている。

「ん?ギー太が悪の帝王に奪われる夢を見てたんだけど……」

「ギターならそこ」

 唯はいちごからギターを奪われた事は覚えていないようだ。
 いちごは唯を起こした後、咄嗟にその辺にギターを置いていたのだった。

「わーい。ギー太ぁ。おっはよ〜」

 唯はさっそくギターに抱きつこうとするが、いちごに襟首を掴まれる。

「それより、まずごはん作ってよ。朝だからちゃっちゃと終わるでしょ」

「ほえ?」


―――きらら寮の食事は当番制だ。
 公平なローテーションによって決まっていて、事情がない限りは決められた順番で回して行く。
 今日は唯が食事当番の日であった。

「いただきまーす」

 食卓に4人の少女がついていた。
 今日の朝食メニューは目玉焼きとご飯、デザートのヨーグルト、そしてたくあんだった。
 昨日炊いておいたご飯を盛り付け、普通に作った目玉焼きと買って来たたくあんを盛り付けるだけの手軽な朝食。
 
 朝に弱い唯にとって最初は食事当番は厳しかったが、何回か繰り返す事によって慣れて行った。
 これでも唯は要領がいいのである。

 食事中、唯の隣に座っている立花姫子が唯に質問してきた。

「ねえ、唯。このたくあん美味しいわね」

 噛むと程良い塩味とポリポリした食感が広がってごはんに良く合うたくあんだ。

「うん。ムギちゃんのまゆげに似てたから買って来たの」

「まゆげぇ……」

 姫子はあえて聞かなかった事にしてあげた。

 そうしてると、いちごは空っぽの茶碗を唯に差し出す。

「ご飯おかわり。大盛りで」

「は〜い」

 見た目は可憐な美少女のいちごだが、これでも意外とよく食べる。
 バトン部に所属してるせいかカロリーを必要とするのだろうか。
 そんな事など全く考えず唯はいちごの茶碗にごはんをよそってやった。

「そういや茜ちゃん。『軽音部』はどうなってる?」

 そして唯は4人目の少女に声をかけた。

「いつも通りですよ」

 唯が語りかけた少女の名は横川茜。
 今のきらら寮の住人の中で一人だけ高校生の少女だ。
 そして現在の桜高軽音部の「4人目」でもある。

「純先輩はさわちゃん先生と相変わらず仲が良いし、憂先輩の淹れた紅茶は相変わらず美味しいですし、あずにゃん部長は相変わらず可愛いです」

「でしょー。でも、あずにゃんはあれでいて頼りになるので茜ちゃんも遠慮なく頼るといいよ」

「あ〜い」

 二つ離れた先輩の事を可愛いと呼ぶのもなんだが、結局、梓はそういうポジションに落ち着いたらしい。
 とは言え、今の唯はどうしたって梓や妹から距離を置かざるを得ない状況に居た。
 その中で少しずつ大人になろうと一歩ずつ歩んでいた。



 〜〜〜〜〜

 みんなでN女子大へ入れば何も変わらないでいられると思った。
 実際、確かにN女子大でも4人でいつものようにつるんでいる。
 変わらない物がある。変わっていける物もある。

「しっかし大学生っつーても暇になるもんだねぇ。ほんと」

 律は大学へ入ってもダラけていた。
 殆どまぐれで入れたような物なので期末試験には不安が残る。

「お前はまず単位を取れ!」

 澪は大学へ入っても真面目だった。
 だが卒業後の事はまだ何も考えていない。

「ふふっ。りっちゃんと澪ちゃん、相変わらず仲がいいわね」

 ムギは大学へ行っても惚けていた。
 だが経済学の講義を重点的に勉強してる辺り、HTTの仲間達には見せない所で頑張っているのだろう。

「私はねむい〜」

 そして唯も大学へ入っても変わらない。
 でも彼女も一人暮らしを始めて、実家から離れて暮らしている。

 何も変わらないように見えた4人も少しずつ変わり始めていた。
 それが楽しい事か寂しい事かはまだいまいち分からない。
 だが大切な物はちゃんと残ってる。そう信じていた。

「そういや唯。梓の事なんだけど……」

 突然、澪が不安そうな表情で話を切り出してくる。

「なあに澪ちゃん」

「梓は大丈夫なのかな?」

 澪が思うのはあの音楽室へ残してきた梓の事だった。
 最近あまり会えて居ないから気になるのだろう。

「あ〜、あずにゃんは上手くやってるようだよ〜」

「すっごい軽いな……」

「だってあずにゃんはしっかりしてるもん。私や澪ちゃんと違って」

「さりげなく澪を同レベルに引きずり込んでんな」

 横から話を聞いていた律は呆れて物が言えないといった面持ちだ。
 しかし梓は恐らく大丈夫だというのは律も異論はない。

 梓もまた少しずつ変わって来てはいる。
 あの真面目さを振りかざし続けていればいつかは人間関係が破綻していたかもしれない。
 だが梓は折り合いの付け方を学んでいる。
 そういう不真面目さも人間関係を円滑に進めるには重要だ。
 それが演奏技術へは結び付くとは限らないが、技術だけが彼女達の軽音部ではなかった。

「あずにゃんと約束したもんね。放課後ティータイムよりすごい部にしてやるですって。だから私達も置いてかれないように先をあるいて行かなきゃ」

「唯……」「唯…………」「唯ちゃん……」

 唯の演説にしんみりしたムードが漂う……かに見えた。

「だったら講義中に寝んな!」

「あれ?」

 結局、唯は1限目の講義で眠ってしまった。
 早起きしてもこの始末。人間そんなすぐには変わらない。
 だけど変わらない物もあれば変わっていける物もある。


 少しずつ、ゆっくりと。


 それが成長という事なのかもしれない。



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