ブロアは吐き出すように言った。
「オーエン夫人の宝石ですよ。−−−しかし、オーエン夫人なんて、そんな女はいやしないんだ!」
判事は人さし指で唇を押さえた。何か考えこんでいるような表情だった。
「きみの推理は正しいと思う」と彼は言った。 「Ulick
Norman Owen!
ブレンドさんの手紙を見ると、名字は走り書きでよく読めないが、
クリスチャン・ネームは詠めるようにしるしてある
――Una Nancyだ――どっちもおなじ頭文字であることに注意するがいい。
Ulick Norman Owen――Una Nancy
Owen――
どっちも、頭文字だけをとると、U.N.Owen(U.N.オーエン)だ。
ちょっと頭を働かせれば、わかるではないか。
UNKNOWN(どこのものともわからぬもの)だ!」
ヴェラは叫んだ。
「でもそんなこと−−信じられませんわ!」
判事はしずかにうなずいた。そして、言った。
「たしかに、そのとおりだ。われわれは疑いもなく、頭のおかしな人間に招かれたのだ−−− おそらく、危険きわまる殺人者だろう!」
−−−−−
「ふーむ……」
悪魔の妹、フランドール・スカーレットは、本棚と本棚の間に隠れて、古い本を読んでいた。
幻想郷に入ってくる物は、外の世界では既に幻想となっているもの。
外の世界において、紙媒体の小説は、半ば、幻想と化しているのかもしれない。
「ちょっと前に戻してみようかしら」
フランドールは、最初から、読んでいる訳ではない。
ただ、無造作に適当にページを開いているだけだった。
邪道ではあるのだが、そんな事は気にしていないのだろう。
−−−−−
十人のインディアンの少年が食事に出かけた 一人が喉をつまらせて、九人になった
九人のインディアンの少年が遅くまでおきていた 一人が寝過ごして、八人になった
八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた 一人がそこに残って、七人になった
七人のインディアンの少年が薪を割っていた 一人が自分を真っ二つに割って、六人になった
六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた 蜂が一人を刺して、五人になった
五人のインディアンの少年が法律に夢中になった 一人が大法院に入って、四人になった
四人のインディアンの少年が海に出かけた 一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった
三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた 大熊が一人を抱きしめ、二人になった
二人のインディアンの少年が日向に坐った 一人が陽に焼かれて、一人になった
一人のインディアンの少年が後に残された 彼が首をくくり、後には誰もいなくなった
−−−−−
みんな、充分に食べていた。だれもが、満足して、くつろいでいた。時計の針は九時二十分を指していた。部屋の中は、ひっそりとしていた−−−心の休まる静寂であった。
突然、その静寂を破って<声>が聞こえてきた。何の予告もなく人間のものでないような鋭い声が……
「諸君、静かにして下さい!」
部屋にいたものはことごとく驚いた。彼らはあたりを見まわした−−お互いに顔を見つめ、壁を見つめた。誰がしゃべったのだろう。
<声>は先をつづけた−− かんだかい、はっきりした声だった。
諸君はそれぞれ、次にのべる罪状で殺人の嫌疑をうけている−−
エドワード・ジョージ・アームストロング、汝は一九二五年三月十四日、ルイザ・メアリー・クリースを死に至らしめる原因をつくった。
エミリー・カロライン・ブレント、汝は一九三一年十一月五日のビアトリス・テイラーの死に責任がある。
ウィリアム・ヘンリー・ブロア、汝は一九二八年十月十日、ジェイムズ・スティヴン・ランダーを死に至らしめた。
ヴェラ・エリザベス・クレイソーン、汝は一九三五年八月十一日、シリル・オージルヴィー・ハミルトンを殺した。
フィリップ・ロンバード、汝は一九三二年二月のある日、東アフリカのある村落の住民二十一名を殺した。
ジョン・ゴードン・マカーサー、汝は一九一七年一月十四日、汝の妻の愛人アーサー・リチモンドを故意に死地へ追いやった。
アンソニー・ジェイムズ・マーストン、汝は昨年十一月十四日、ジョンならびにルーシー・カムズを殺害した。
トマス・ロジャースならびにエセル・ロジャース、汝らは一九二九年五月六日、ジェニファー・ブライディを死に至らしめた。
ローレンス・ジョン・ウォーグレイヴ、汝は一九三〇年六月十日、エドワード・シートンを殺害した。
被告たちに申し開きのかどがあるか。
−−−−−
デタラメにページをめくってるフランドールの耳に、寂の効いた怒鳴り声が響き渡った。
「そこの妹様! 私の書斎で暴れない!」
「暴れてなんかいないわ。ただ、私も本とやらを読んでみたくなったのよ」
フランドールは、本を無造作に投げ捨てて、怒鳴り声の主、パチュリー・ノーレッジに、ある疑問をぶつけてみる事にした。
「ねえ、U.N.オーエンって?」
「ん?」
「人間なの?」
フランドールには、パチュリーが、何かを思案しているように見えたが、パチュリーはふと思いついたように語りかけてきた。
「最後まで読んでないでしょ?」
「ええ、そうよ。でも、ちょっと気になるの」
「あたり障りのないように言うなら、『人間を裁こうとした人間』、それがU.N.オーエンの正体」
「人間を裁こうとした人間? どういう事?」
「人間を裁くのは閻魔であるというのが相場は決まってるのよ
でも、何時からか人間がお金と法律の知識で人間を裁けると思い上がってしまった
そんな思い上がった人間がU.N.オーエンの正体
犯罪を犯した人間達を集めて殺していったのがU.N.オーエンという人間。勿論、他に本名はあるんだけどね」
パチュリーの話を聞いて、フランドールは何かを思いついた。
−−−−−
「そう、でも私は人間じゃないけど、U.N.オーエンでもあるわ」
「どういう事?」
「何者ともわからないもの。それがUNKNOWN。つまり、U.Nオーエンって事でしょ?」
フランドールは、目に不敵な笑みを浮かべて、にいっと笑う。
その紅い眼からは、何を考えているのかわからない物が含まれていた。
「ほら、そして誰もいなくなるか? ってね」
フランドールは、自分の掌の中にある、先ほどまで読んでいた本の「目」をつついた。
無造作に投げ捨てられた本から、ボンッという弾ける音が鳴り響く。
本は、破壊され、その中に記されていた物語の人物は、”そして、誰もいなくなって”いた。
<終>
−−−−−
<あとがきっぽいの>
> ♪15.U.N.オーエンは彼女なのか?
> U.N.オーエン(ユナ・ナンシィ・オーエン)です。
> 分かる人だけ分かってください。元ネタはかなり古いです(70年前くらい?)
> なんで、この名前かっていうと、オーエンをアルファベット表記した方
> で考えて、フランドールは「何者とも判らぬ者」とかけています。
> フランドールの9枚目のスペルカードが、そのパロディになっています。
(東方紅魔郷・おまけtxtより)
という事ですが、つまりは、フランドールは「UNKNOWN」という事です。
元ネタである「そして誰もいなくなった」では、最後の最後にU.N.オーエンの正体がわかるので、
フランドールな訳ではない。という事をSSにして書いてみたのがこれです。
「そして誰もいなくなった」は読ませる本です。
童謡の通りに殺されていく、過去に何かしらの殺人を犯した人々。
彼らが、どんな殺人を犯したかどうかはネタバレになるので、あえて言いませんが。
フランドールの「おかしさ」は、多分こんな感じなのかと。
紅魔郷や文花帖では、霊夢や文相手に、会話の途中で、腰を折ったりしてたりするんで、そういうのを表現したつもり。
そういう風に見れたらいいな、とか思う今日この頃。
(2006年4月1日)