魔法の森に在るそれなりの家。

「は〜。外に出歩くのも疲れるわ〜」

 アリス・マーガトロイドは、家につくなりため息をついた。
 紅魔館の魔女ほどではないが、どちらかといえばインドア派のアリスは
 器用であっても体力はそれほどない。


−−−−−


 アリス宅には人形が所狭しと並んでいる。
 自分で作った物もあれば、どこからか貰った物もある。

「誰か入ってきてるわね。人間かしら。それとも変な人間かしら」

 アリスは自宅に侵入者の痕跡がある事を察知した。
 魔法の森は迷いやすい。
 アリスの家は、あえて鍵をかけてない。
 迷った普通の人間が入ってくれば、所狭しと並んでいる人形に仰天する事になる。

 だが変な人間。つまり妖怪に太刀打ち出来る人間が入ってくれば、まず確実に何か盗まれてる。
 そもそもアリスの家に入ってくる変な人間と言えば、大体近所に住んでる野良魔法使いしか思い浮かばない訳だが。
 

 そんな事をアリスが考えていた時、前方からいきなりエネルギーの雨が飛んでくる。

「エナジーシャワー!?」

 アリスは、エネルギー弾とエネルギー弾の隙間を潜り抜ける。
 このショットにアリスは見覚えがある。
 それを放った相手も、見当がつく。
 

「元気がないじゃないか、魔理沙を見習ったらどうだい」

「あいつと一緒にしないでよ。全く……」

 そこに居たのは魔女のトレードマークと言えるとんがり帽子をかぶった悪霊。
 霧雨魔理沙の師匠でもある魅魔だった。


−−−−−


「っていうか、あんた帰ってきてたの?」

「さっきね」

「地獄の管理者が頻繁に現世に戻ってきて良いものなの?」

「冥界の管理者が現世に降りてきて、結構好き勝手やってるご時世だよ。別に良いじゃないか」

 魅魔は、緑茶を啜りながらくつろいでいた。
 そんな魅魔を尻目に、アリスは八意永琳から購入した「胡蝶夢丸」を水で飲み込んでいた。


−−−−−


 魅魔とアリスは知り合いである。
 と言っても霧雨魔理沙を、介しての知り合いではない。
 まあ色々あったのだ。本当に色々。


−−−−−


 元々、アリス・マーガトロイドは魔界に巣くう人妖だった。
 だが魔界のとある民間旅行会社が、魔界の神の無許可で勝手にツアーを組んだ事が
 間接的にアリスの生き方を変える事になる。

 民間旅行会社が旅行先として選んだのが「幻想郷」
 幻想郷は強大な結界により人間界から入ってこられないようになっている。
 また幻想郷は元々妖怪が閉じ込められている場所であり、魔界人が来ても違和感がない場所でもあった。


 だが、それが間違いだった。


−−−−−


 幻想郷に住む四人の人妖達は、魔界人がやって来る事に怒りを感じていた。
 そして観光ついでに魔界に攻め込んできたのである。

 巫女さん・博麗霊夢(当時は博麗の因習からか靈夢と名乗っていたが)。
 魔法使いさん・霧雨魔理沙。
 妖怪さん・風見幽香。
 悪霊さん・魅魔

 以上の四人は、それぞれ魔界の門をぶち破り、魔界人を虐殺し、遂に神すらも討ち取ったのである。
 魔界人は精身体に近い存在だったため死者ゼロだったが、物的被害は甚大と言うしかなかった。


 アリスは四人の迷惑な連中に復讐を誓った。
 そのために魔界神の神綺に、幻想郷の永住ビザを貰った。
 更に封印されていた魔道書を手に持った。

 魔道書の威力は絶大だった。
 これなら勝てると踏んで、アリスは幻想郷に殴りこみに行った。


 だが四人の迷惑な人妖さん達は強かった。


−−−−−


 アリスは、完膚なきまでに叩きのめされていた。
 それは、アリスに「本気出して負けたら後がない」という事を知らしめる出来事だった。
 そして敗北したアリスに待ってた仕打ちは凄まじかった。

「ほら、まだ落ち葉が残ってんじゃないの。とっとと掃除しなさいよ」

「喉かわいたから茶淹れて〜」

「最強の魔道書を扱いきってみせるぜ」

「私の日課は人間と妖怪を苛める事なのよ」



「はいはい、今すぐやるわよ! やってやるわよ!」

 アリスはメイドとしてコキ使われていた。
 幻想郷を荒らした事とか、持ってた魔道書を狙われたりとかで、その頃のアリスは大変だった。


 そしてその頃のアリスは、魅魔の家に居候していた。


−−−−−


 ある日の晩。
 一日が、まるで走馬灯のように駆け巡る。
 メイドとしてコキ使われたり、究極の魔法を付け狙われたりと、今日も大変だった。
 というか今日の風見幽香は究極の魔法を使いこなしていた。
 それを使われて、みんな一緒に苛められた。

 アリスがヘッドドレスも外さないまま、死んだようにベッドに寝転がった時。

「あんた。ちょっと寝てるかい?」

 魅魔が扉の裏側から声をかけてきた。

「ああ、なんでしょうか。ご主人様〜」

 幻想郷に「ご主人様」などと喋るメイドなど存在しないが、アリスはやけくそだった。
 魅魔はアリスの許可を得て、部屋に入ってくる。
 というか多分断っても入ってくる。

「うん。いやね、ちょっと重要な話」

「明日でいい?」

「今日じゃなきゃダメな話なんだよ」

 そう言うと魅魔は腰を据えて話を始めた。
 その緑の瞳が、どこか悲しげで。

「ちょっとね。閻魔様から話があってねぇ。見ての通り、私ゃ悪霊だろう?」

「ええ、そうでしょうね。
 亡霊ってのは現世に未練がある人間だからね。それが恨み辛みの方向の未練だったら、それは悪霊って事だもの」

「その辺の記憶はよく覚えちゃいないんだがね。まあいいか。本題に入るよ」


−−−−−


 死んだ人間が逝く事になる場所は、主に二つ。
 冥界と地獄。
 生前に善い行いをした人間は冥界へ逝き
 反対に悪い行いをした人間は地獄へ堕ちる。


 どちらに逝くかは閻魔が決める事である。
 そして冥界と地獄には、それぞれ管理者が居る。
 管理者は実態を持った亡霊がなる。その中でも特に力の強い者がなる。


 冥界の管理者は、死を操る亡霊である。
 実際は、その小間使いが幽霊を統率する事が多いらしいのだが。
 ともかく結構楽しくやっていて、それなりに仕事をしているらしい。


 一方で地獄の管理者は、空席となっていた。
 今まではコンガラと呼ばれる亡霊が、地獄を管理していたのだが
 現世への未練が消えて、次の生を受けることになっている。


 その後釜として目をつけられたのが、魅魔だった。
 閻魔によると魅魔の怨念は、永い時間をかけて昇華されていたらしい。
 しかも魔界神を打ち倒す力量を持っている。
 地獄の管理者としては、適任とも言える。


−−−−−


「それで、あんたはどうするの?」

「勿論地獄へ逝くさ。別に罰を受けろと言ってる訳じゃあないしね」

 魅魔は軽く笑って、アリスがヘッドドレスに手をかけた。
 
「これであんたのメイド仕事も終わりって訳さ」

「この家はどうすんのよ」

「あんたにくれてやる」

「は?」

 その言葉の意味が、アリスには理解出来なかった。
 だが魅魔はどこか遠い目を見るような眼で、語り続ける。

「結構思い出深い家なんだがね。魔理沙との修行もこの家でやったし」

「思い出深いなら尚更よ。なんでそんな簡単に……」

「別にいいじゃないか。あんたが要らないなら燃やせばいい。魔理沙がどう思うかはわからんけどね」


−−−−−


 次の日。
 魅魔は家に居なかった。
 この時点から、魅魔の家はアリスの持ち物になった。

 メイド仕事からも解放された。
 ついでに霊夢には忘れ去られていたが。


−−−−−


 とは言え、魅魔はちょくちょく地獄から舞い戻って霊夢にちょっかいをかけていたようである。
 神社で姿を見る機会は、減ってしまったが。

 そして、たまにアリスの家……つまり、かつての自宅に帰ってくる事もある。
 アリスの住んでる家は、魅魔の思い出が詰まった家でもあるのだ。

「それで魔理沙の調子はどうだい?」

「相変わらず。というか年々酷くなってるわね。蒐集癖とか泥棒癖とか」

「そうか、魔理沙は元気かい。霊夢はどうだい?」

「悪魔とか亡霊とか鬼とか永遠人とか、色々惹き付けてるわよ」

「そうか、それは良かったよ」

 魅魔は人間らしい悪霊だ。
 人間らしいと言えば魔理沙にも共通する。
 少なくとも神社界隈の人間では、最も人間らしい人間だとアリスは思う。

「(なるほど、あいつの性格は師匠譲りって訳ね)」

 アリスは心の中で呟くのだった。


〜了〜



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