天下一泥棒決定戦編
〜その19〜
恋符「けつスパーク」
本来なら掌から放つはず「マスタースパーク」を、尻から発射するスペルカード。
元々魔理沙が放つ恋の魔法は、森近霖之助に製作してもらった「ミニ八卦炉」を媒体として発動される。
八卦炉さえ発動させてしまえば、掌からだけではなくて尻からも発射する事が可能である。
魔理沙はメイド服に着替えていても、ちゃんと常備していたのである。
勿論、尻から恋の魔法を発動させるためにはそれ相当の努力が必要である。
だがそれを可能にするのが、霧雨魔理沙という少女だ。
「本来は霊夢に使ってやろうと開発してたスペルカードなんだがな、まあいいか」
魔理沙は、図書館を一瞥する。
小悪魔とサニーは、けつスパークによって吹き飛ばしている。
距離的にかなり離れた所に吹き飛んでおり、追いかけても魔理沙まで追いつけない場所だ。
「そんじゃ私は逃げるとするぜ」
そして魔理沙は床下に置いてあった魔道書をおもむろに拾ってから、箒にまたがった。
−−−−−
「うーん。く、”黒いの”は……」
けつスパークの衝撃で吹き飛ばされたサニーだが、すぐに気が付いたようだった。
目の前には、半ば呆れ顔なルナの顔があった。
「今にも逃げ出しそうよ。逃げ足だけは速いわよね」
「ルナ、生きてたのね。死んだかと思ったわ」
「結構痛かったけどね。早く月の光を浴びたいわ」
それだけ言うとルナは、隣に座っているパチュリーを見やった。
パチュリーの膝元には、けつスパークを喰らって吹き飛んだ小悪魔の姿がある。
だがサニーとは違い、魔理沙の尻を叩いていた小悪魔はけつスパークを直撃で喰らっている。
気が付くまでには時間がかかりそうな様子だった。
「私達の負けだわ……。鼠のトンズラを阻止する事は出来ない。まあいつもの事だけど。げほっ」
パチュリーは、咳き込んでから深くため息をついた。
逃げ出す魔理沙を黙ってみている辺り、本当に魔理沙が泥棒しにやって来るのは日常茶飯事らしい。
「せめてお日様とお月様が出てれば、私とルナの能力使って、姿も音も消せるのに」
サニーは、吐き捨てるように呟いた。
光が差し込まない、館内ではサニーの「姿を消す能力」とルナの「音を消す能力」が使えない。
ついでに光を浴びないと体力がいつまでたっても回復しない。
光を浴びずに体力が回復していくのは、三妖精ではスターだけである。
「日の光と月の光の恩恵を、得る事なら出来るわよ」
「えっ?」
「その程度の魔法なら、魔女である私の本分だわ」
サニーの呟きを聞いたパチュリーが、唐突にそんな事を言い出してきた。
パチュリーは、咳を我慢しながら軽くスペルを詠唱する。
そして数秒後には、図書館の上空に小さな太陽と月が図書館を照らし出した。
「本当に出しちゃった」
月光の妖精であるルナにとってその光は心地よいものであり、同時に浴びる事で体力も回復していく。
日光の妖精であるサニーも、また同じだった。
魔理沙に受けたダメージが癒える最中、サニーとルナは自らの能力を試してみる。
姿も音も全く消えていた。
「うん。姿が消えてる。これなら”黒いの”に気づかれない内に近づける!」
「そうかなあ」
やる気満々なサニーと対照的に、ルナは全くの無気力だった。
「ねえ、何でそんなにやる気無いのよ。ルナは”黒いの”に一矢報いなくていいの?」
「一矢も二矢も報いてやりたいけどさ。今から”黒いの”を追って捕まえられるかなぁ」
ルナが指を刺している方向では、全速力で逃げ出している魔理沙の姿があった。
「って逃げられた!?」
「逃げられたみたいね。悔しいけど」
ルナとパチュリーは、逃げる魔理沙の後姿を見て深くため息をついていた。
この中で唯一戦力になる小悪魔は、けつスパークによって戦闘不能。
パチュリーも、体調不良で事実上の戦闘不能。
サニーとルナは、実質は雑魚妖精でしかないため魔理沙に太刀打ち出来ない。
それ以前に逃げ出す魔理沙に追いつけない。
この勝負は魔理沙の勝ちなのか。
そう誰もが思った時である。
−−−−−
「私のスピードは人類一だぜ」
魔理沙は得意気になって箒で駆け抜けていた。
彼女の言う「人類一のスピード」というのは、あながち誇張ではないからだ。
少なくとも霊夢や咲夜よりは速い。
パチュリー達とは距離もあり、確実に逃げられる。
魔理沙は勝利を確信していた。
広い図書館の出口がうっすらと見えた時。
魔理沙は七色の光を見た。
「お、お前は!?」
「彩翔「飛花落葉」!!」
天下一泥棒決定戦編
〜その20〜
大地を揺るがすかのような震脚。
そして大きな音と共に爆散する七色の弾幕の塊。
その名は彩翔「飛花落葉」
そして、震脚から七色の弾幕を放つ妖怪など幻想郷を見渡しても一人しか居ない。
「ちっ! このやたら綺麗すぎて目が疲れる弾幕。間違いない…… 中国か!」
「咲夜さんやお嬢様が居ない内に迷惑な人間退治をさせてもらおうか!」
図書館の出口から、魔理沙の逃亡を阻止せんとする妖怪。
それは紅魔館の門番たる中国妖怪。
大体の人妖に対してはタメ口を聞くが、
紅魔館の上層部(主に悪魔姉妹とその友人、あとメイド長)には敬語で話すような妖怪である。
本名は紅美鈴と言うらしいが、本人しか知らない。みんな中国って呼んでる。
「門番だからといって、門で迎え撃つだけが能じゃない
またいつものように逃げられる所だったよ。礼を言います、新入りさん」
「いえいえ、私は別に何も」
中国は、後ろでニコニコしてる黒い長髪を垂らす小柄なメイドに頭を下げる。
そのメイドはそう。
先ほどサニーとルナを見捨てて逃げたはずのスターだった。
−−−−−
話はほんの数分前に遡る。
スターは魔理沙の「スターダストレヴァリエ」を回避し、サニーとルナを見捨てて逃げ出した。
気まぐれな性格のスターにとって、その辺は日常茶飯事である。
そしてスターは、何とか逃げ出そうと紅魔館の廊下をうろついていた。
そして小悪魔が魔理沙の尻を叩いていた、丁度その頃。
「ていうか、出口はどこかしら?」
紅魔館の内部は見かけ以上に広く迷子になってしまった。
スターの能力は、レーダーとして使える物だが
それはあくまで人間を探る能力であって、”空間”の出口を見つける物ではない。
という事で、スターのレーダー能力も紅魔館脱出には全く役に立たず
やたら広い”空間”を彷徨っていたのである。
紅魔館に居るのは主にメイドで、どれも基本は同じ顔や体型をしている。
メイド長を除けば背中に羽が生えており、彼女らが非人間である事を伺わせる。
そんな中スターは、メイド以外の妖怪を目にする。
紅い髪の中国風妖怪。
その妖怪は、鏡を慎重に立てかけている最中だった。
「ふう……。せっかく咲夜さんに直してもらったんだから、また割っちゃいけないですよねぇ」
この妖怪は午前中に魔理沙との弾幕ごっこで鏡を割ってしまい、それを咲夜の能力で直してもらったのだ。
その後、昼食を取ってから元の位置に戻しにやって来たのだ。
「ああそうだ」
鏡を元の位置に戻した妖怪は、思い出したように手を叩く。
「ねえ、そこな新入りの貴方」
そしてその辺を歩いていたメイドの肩に手をかけた。
だが、妖怪が偶然声をかけたメイドというのがメイド服をかっぱらって、働かされてるだけのスターだったのだ。
「わたし?」
「そう、貴方」
肩に手をかけられたら誤魔化す事も出来ない。
出来ればここの住人とは、もうあんまり関わり合いになりたくないのだが
今は新入りメイドとして間違えてくれているのに、今逃げ出してしまえば、かえって怪しまれるとスターは判断した。
「何か用かしら」
「いやぁ。あたふたあって忘れてましたけど、魔理沙はまだ居ます? あの黒くて金髪な鼠」
「マリサ? ああ、”黒いの”ね。今、図書館で暴れてるんじゃないかしら?」
「図書館!? またパチュリー様の図書館から本を盗むつもりなのね、あいつは」
魔理沙の名前を出した途端、妖怪の様子がおかしくなった。
何か怒りとか使命感とかに燃えてるとか、そんな感じ。
スターの危機察知能力が告げている。
とっとと逃げないと、また巻き込まれる。
「それじゃあ、私はこれで……」
スターは、背中の羽で逃げようとする。
だが、そんなスターの襟首が妖怪に掴まれて持ち上げられる。
何事かとスターが思う前に、妖怪は全速力で飛び出していった。
「行きますよ新入りさん。魔理沙を止めるために!」
「ひえぇー」
−−−−−
スターは、そのまま中国妖怪に連れ去られて図書館へ。
そして図書館から逃げ出そうとする魔理沙と鉢合わせし、それを中国が迎撃したのである。
「(また戻ってきちゃったけど、まあ”黒いの”も追い詰められてるみたいだし結果オーライかしらね)」
スターは魔理沙の周りに浮かぶ七色の弾幕を見て思う。
この中国妖怪は不意をついた一撃とは言え、魔理沙を窮地にまで追い詰める事に成功したのだ。
中国が放った彩翔「飛花落葉」
本来ならば弾幕の塊ごと避けるようなタイプのスペルカードなのだろうが、
図書館から魔道書を強奪するため、脱出に専念していた魔理沙は不意を突かれてしまった。
弾幕の塊で、気合と運に任せるハメになってしまったのである。
いくら魔理沙とは言えども、被弾を完全に避けきる可能性は低い。
だが弾幕ごっこにおいて窮地に気合と運だけで乗り切るのは、利口ではない。
窮地を確実に抜ける方法を、魔理沙は知っている。
「甘い、その程度の弾幕など吹き飛ばしてやるぜ」
魔理沙は不敵に笑うと、懐からスペルカードを取り出す。
スペルカードは、その別名をボムと呼ぶ事もある。
この場合のボムは、大体「防御」のための意味合いが強い。
スペルカードは持続効果に差はあれども、使用中は無敵になれる。
そして弾幕を消すため、窮地にはスペルカードを使用するのが弾幕ごっこの基本である。
そして魔理沙は伝家の宝刀を抜く。
「行くぜ。恋符「マスタースパーク」!!」
威勢よく放たれた大声。
だが、その声とは裏腹に……。
「うわっ。出ない!?」
マスタースパークは不発だった。
ボムによる無敵と弾消しを期待出来ない魔理沙は、弾幕群に突っ込まざるを得なかった。
「何故だ!? 何故出ない……」
七色の弾幕の、細かな隙間を縫って魔理沙は避ける。
その間、マスタースパークが不発だった理由を考える。
そこで一つだけ思い当たる節があった。
「いや、すっかり忘れてたぜ…… そういやボムを三発ぶっ放したな。ボム切れか」
そう、魔理沙はスペルカード=ボムを「三発」放っていた。
弾幕ごっこにおいて、ボムを撃てる回数は三発が基本だ。
魔理沙の場合は二回しか放てない時期もあるし、逆に咲夜のように四発ずつ撃てるケースもある。
しかし基本は三発しか撃てない。
そしてここに至るまでの魔理沙のスペルカード使用を省みてみよう。
−−−−−
「だが私の勝ちだぜ」
魔理沙はメイド服にかかった紅い水をものともせずに、懐からスペルカードとミニ八卦炉を取り出し、
そして宣言する。
「恋符「ノンディレクショナルレーザー」!」
ミニ八卦炉から魔理沙の周囲360°に対して、魔力が回転するように放出される。
元々「ノンディレクショナルレーザー」とは
パチュリーが使用していた通常攻撃を、魔理沙が約八ヶ月をかけて完成させたシロモノだ。
しかしパチュリーの通常攻撃は、接近されると撃たれ放題という弱点を抱えていたが
魔理沙の「ノンディレクショナルレーザー」は、魔理沙の中心を大火力で包む事で欠点を克服していた。
零距離での「ノンディレクショナルレーザー」の威力は「マスタースパーク」を凌駕する。
その「マスタースパーク」を凌駕するミニ八卦炉の大火力が、パチュリーを焼いていた。
・パチュリーに対して恋符「ノンディレクショナルレーザー」(1発目)
−−−−−
「魔符「スターダストレヴァリエ」突撃モードだぜ!」
魔力を帯びたホウキに乗って、メイド服を着た魔理沙が猛スピードで突っ込んでくる。
それはサニーとルナを巻き込んで爆発し、星を撒き散らした。
超スピードで突っ込んだ魔理沙は、サニーとルナを宙まで跳ね飛ばしていた。
攻撃を終えたホウキは、乗っている魔理沙を床に降ろす。
「ん、一人足りなくないか? …… まあ、いいか」
魔理沙は、床に転がってるサニーとルナの様子を目視して呟いた。
・三妖精(サニーとルナ)に対して魔符「スターダストレヴァリエ(突撃モード)」(2発目)
−−−−−
「ああ、悪いけどお前は何か勘違いしてるぜ。小悪魔」
そこでサニーもようやく気づいた。
魔理沙の体から何かエネルギーが放出されている事を。
「私の尻は魔法で強化された尻だからな。お前のしっぺごときじゃ痛くも痒くもないんだな、これが」
魔理沙の態勢は固定されている。
だから魔理沙には何も出来ないはず。
しかし魔理沙の不敵な顔から、サニーは不安を覚えた。
「小悪魔さん! ”黒いの”が何かやらかす気よ!」
サニーの言葉をかき消すように、魔理沙が宣言する。
その手にはいつの間にか握りこんでいたスペルカードがあった。
「恋符「けつスパーク」ッ!!」
次の瞬間。
魔理沙の尻から、広範囲に渡る高エネルギーのレーザーが発射された。
その形状は、魔理沙の代名詞……「マスタースパーク」そのものであった。
・小悪魔とサニーに対して恋符「けつスパーク」(3発目)
−−−−−
最初に持ってた3個のボムは、ここまでで全て使用してしまっていた。
魔理沙はボム切れに陥っていたのだ。
「くそっ。ならば気合と運で避けきってみせるぜ!」
魔理沙は覚悟を決めて、彩翔「飛花落葉」を避ける事にした。
抱え落ちという弾幕少女にとって、最も情けない死に方をしなくてすむ状態…… ボム切れ。
一方で完全に背水の陣となる状態…… ボム切れ。
魔理沙は弾と弾の隙間を縫うようにして避けている。
だが視界に入っていなかった弾が、急に飛び出してきて……。
「うわっ!?」
魔理沙は、被弾した。
−−−−−
魔理沙が被弾した様子は、中国とスターも見ていた。
「や、やった!?」
スターは被弾して呻く魔理沙を見て、勝利を確信する。
だが一方で中国は、まだ気を緩めていなかった。
「いや、まだですよ! まだ残機は残ってます!」
残機。
そう残機である。
だが、こういう要素がある点から見ても結局の所、弾幕ごっこは遊びである事が伺える。
弾幕は究極の無駄。
殺す気などないから弾幕ごっこなのだ。
そもそも即死級の弾が飛び交うなら、もっと弾密度を上げればいいのである。
わざわざ体の中心以外でカスれる程度の弾なんぞ出す必要などない。
本当に殺す気なら”たったカスったぐらいで即死する”ぐらいの弾を放つ。
しかしそんな弾など誰も放たない所から、幻想郷がそれなりに平和な所が見える。
初見の攻撃が恐ろしいのは当たり前である。
だが弾幕少女達は、それすらも楽しむ。
我らが霧雨魔理沙も同様に。
「お前ら、覚悟はいいな? 私は出来てる」
天下一泥棒決定戦編
〜その21〜
図書館の入り口で、魔理沙と中国は対峙していた。
中国は、魔理沙が片手に抱えてる魔道書を見やって言い放つ。
「今まで、何冊の本を盗んできた」
「お前は、今まで逃がしてきた泥棒の数を覚えているのか?」
「たまに紅魔館(ウチ)を荒らしに来る巫女と、しょっちゅう紅魔館(ウチ)を荒らしに来るあんたの、合計2人だよ」
不敵に笑う魔理沙に対し、中国は拳法の構えを取る。
中国の後ろには、隠れるようにしてスターの姿があった。
「で、大丈夫なの? ”黒いの”に勝てるの?」
スターは、中国の耳元で囁くように聞いた。
出来れば今すぐにでも逃げ出したいが、魔理沙に逃げられるのも何となく腹がたつ。
「こう見えて訓練はしてきたつもりです。悪魔の館の門番として、ナメられ続けるのは性に合わないですからね」
中国は自信満々だった。
その様子に、スターは
「(この妖怪なら”黒いの”に勝てるわね)」
と確信するのだった。
−−−−−
魔理沙と中国の弾幕ごっこは、熾烈を極めた。
−−−−−
「くうっ。昔より強くはなったのに……」
「じゃあ、私はちょっとだけお前より強くなったって事だろ」
そこには、床に倒れ伏している赤毛の中国妖怪の姿があった。
やられるまでの行間は、僅か一行。
その様子に、スターは
「(こいつ、ヘタレね……)」
と確信するのだった。
「さぁて。どいてもらうぜ、中国」
「済みません、パチュリー様〜」
断末魔と共に、中国は力を失って倒れ伏した。
−−−−−
スターは、勝敗が決した直後に、逃げようとした。
だが、実際のスターは逃げなかった。
「何か来る……?」
スターの眼は、生き物の動きを捕捉するレーダーになっている。
それは広範囲に渡る上、天候に左右されない。
生き物の大きさから数まで、全てを把握出来る程度の能力を持つ。
そしてスターは見た。
この場に、紅魔館で働くメイド達が続々と集まっている事を。
「霧雨魔理沙、覚悟ーッ!!」
−−−−−
集まってきたメイド達は、クナイや魔力弾などを、魔理沙に向けて一斉放射する。
一つ一つは塵でも、数が多くなれば弾幕となる。
メイド達が放った弾幕は、魔理沙に向けて殺到する。
「何ーッ! くっ、恋符「マスタースパーク」ッ!」
突然の攻撃に動転した魔理沙は、躊躇無くスペルカードを使用した。
ミニ八卦炉から放出される極太レーザーが、メイド達を焼く。
しかし、メイド達はやられても次から次へと沸いてきて魔理沙に襲い掛かる。
「ちっ。何故、いきなりメイド達が沸いてきだしたんだ!?」
魔理沙は、脳裏に浮かんだ疑問を口に出す。
その答えに答えるように、床に倒れてる中国が動き出した。
「私が負けるという事は予想出来ていた……。だから、そこの新入りさんの能力を応用してメイドの皆に号令をかけていた」
「ど、どういう事だ。中国!」
魔理沙は、メイドの投げるクナイを必死で避けながら、中国と会話し続ける。
そこの新入りとは、スターの事。
その能力は、レーダー。
だが、それは「位置を把握するだけ」の能力のはずだった。
「パチュリー様が戯れに開発してたアイテムに、紅魔館の住人に号令をかけるマジックアイテムがあった」
「そんなの、いつ開発してた……。っとパチュリーならやりかねんな」
「しかし、そのマジックアイテムは、私には使えなかった。
それは星の魔法を使って、住人の位置を把握する必要があったから」
「でも、現にお前は使ったんじゃないか? ……くっ」
「新入りさんのレーダー能力を応用したら、私でも使えた。だから、私が倒れた時に、あんたを止めさせるために……ぐふっ」
そこまで言って中国は、力尽きた。
その顔は「満足して死んでいった」者の面構えであった。
「中国の姐さん!」
「姐さんの仇は、私達が討つ!」
メイド達は、中国が倒れた事で、更に士気が上がった。
中国とメイド達は、付き合いも長く、互いの信頼関係もかなり深く繋がっている。
クナイと魔法弾の勢いは、魔理沙を徐々に追い詰めていく。
「くそっ。恋符「マスタースパーク」ッ!!」
魔理沙も、遠慮という物を知らない。
少しでも被弾しそうな状況に置かれれば、即座にスペルカードを放ってくる。
しかしメイド達も、また負けては居ない。
中国の意思を継いで、魔理沙の逃亡を阻止すべく弾幕を繰り広げる。
「……逃げられないわね。この状況じゃあ」
スターは、その様子を見て一人息づくのだった。
その言葉が何を意味するか、それは本人しか知りえないのだろう。
−−−−−
しかし魔理沙とメイド達の弾幕ごっこは、明らかに魔理沙が優勢だった。
「マスタースパーク」の威力はお墨付き。
広範囲で避ける隙間もなければ、威力もシャレにならない。
また魔理沙はレーザーでも迎撃している。
メイド達の数も、徐々に減りつつあった。
魔理沙の逃亡を阻止する、勝利のカギ。
それは後から顧みれば、光の三妖精であったのである。
天下一泥棒決定戦編
〜その22〜
図書館入り口の廊下では、魔理沙とメイド達の死闘が未だ続いていた。
「恋符「マスタースパーク」ッ!!」
ミニ八卦炉から、極太のレーザーが発射される。
その気になれば山も焼き尽くせる程の火力を誇るミニ八卦炉から放たれたマスタースパークは
効果範囲に入れば、その辺の雑魚妖精や雑魚メイドなど一瞬にして撃破してしまう程の代物だ。
魔理沙の真正面に居たメイド達の悲鳴が、紅魔館の廊下に響き渡る。
だが中国の死に報いるためにも、メイド達は挫けなかった。
マスタースパークで、あるいはレーザーでその数を減らしつつも、魔法陣でクナイを張り、大弾を発射するなどで弾幕を張る。
肉体的なダメージでは妖怪は致命傷にならないので中国は死んだ訳ではない、というのはこの際置いておく。
−−−−−
一方その頃。
死闘の現場から離れた図書館内。
恐らく最も魔理沙に勝機があるだろうパチュリーだが、体調が思わしくなく事実上の戦闘不能と化していた。
そこそこ戦闘力がある小悪魔は「けつスパーク」のダメージで気絶してる最中である。
現在、まともに戦えるのは、基本的に人間以下の存在であるサニーとルナだけである。
そんな中で本来、三妖精の中で最も頭が良いサニーは、頭を冷やして状況を分析していた。
思えば、今日は尻の厄日であった。
しかし最後に魔理沙への報復だけは何としてでもしておきたい。
とは言え真正面から向かっていっても勝機は無い。
どうすれば魔理沙に一矢報いる事が出来るのか。
それにしても、何故、魔理沙はあんな強大な魔力を放てるのだろうか。
確かに下手な妖怪より強いかもしれないが、魔理沙は人間の里で生まれた普通の人間である。
魔力のキャパシティが高い訳でもないだろう。
ならば、何故あんな強力なレーザーを放てたのか。
そのトリックがサニーには分からない。
サニーが考えてる際、脳内に聞き覚えのある声が響き渡った。
ミニ八卦炉です……。魔理沙さんの魔力の源はミニ八卦炉というマジックアイテムです……。ミニ八卦炉を何とかするんです。
「小悪魔さん?」
サニーは、小悪魔が倒れていた方を見やるが、眠ったように気絶したままだった。
だが、魔理沙が「ミニ八卦炉」なるマジックアイテムでレーザーを撃ってるのならば
それさえ抑えてしまえば、魔理沙は殆ど何も出来なくなる。
−−−−−
「ミニ八卦炉よ。”黒いの”のミニ八卦炉を奪い取るのよ」
サニーが、突然、そんな事を口走ったためか
ルナは怪訝そうな顔で、彼女を見た。
「何言ってんの、サニー」
「いえ、確かに有効な手だわ……。げほっ」
そこに横槍を入れたのが、パチュリーだった。
「あの鼠は、古道具屋の主人から貰ったマジックアイテムでレーザーを撃ってる。げほっ。
だから、それさえ奪ってしまえばアレはレーザーを撃てないわ……。げほっ」
「そう、そして私達の能力なら”黒いの”からミニ八卦炉を奪えるって訳!」
胸を張って言うサニー。
だが根本的な問題は、他にある。
「忘れたの? この館の中じゃあ私達の能力は上手く働かないんじゃないの」
「あっ……」
日の光を屈折させて姿を見えなくするサニーの能力と
月の光の力を借りて音を消すルナの能力は
梅雨の時など天候が悪くなったり、窓が無い屋内では能力が使えない時がある。
そして紅魔館は、窓が少ないお屋敷でもあるのだ。
だが、そこでも横槍を入れたのはパチュリーだった。
「心配は要らないわ。げほっ。日&月符「ロイヤルダイヤモンドリング」で……」
パチュリーは、懐から取り出したスペルカードで合成魔法を詠唱する。
彼女は、火水木金土の五行魔法に加え、月日の三精魔法に対しても精通する魔女だった。
「げほっ……。やっぱり日符と月符は、体調が良い時じゃないとロクな出来じゃないわね……。げほっ」
パチュリーが使った日&月符「ロイヤルダイヤモンドリング」とは
元々、高純度の日の光と月の光を、回転させるようにして敵を焼き切る用途の魔法である。
だが、五行魔法よりも高度な日符と月符は、パチュリーの体調に威力を大きく左右され
体調が最悪である現在では、弾幕にすらならない程のお粗末な代物である。
そもそも、実験用の合成魔法なので不完全な部分も多い。
「でも、この程度でも貴方達の能力ぐらいなら十分使えるはずでしょう……げほっ」
サニーとルナは、試しに日&月符「ロイヤルダイヤモンドリング」の光を利用して、能力を使用してみる。
そうすると、二人の姿と音が一瞬だけ消えた。
「ほんとだ!」
「これなら”黒いの”に近づいてミニ八卦炉とやらを奪えるわね」
日と月の魔法を操るパチュリーと、日の妖精・月の妖精であるサニー&ルナの相性は、抜群に良い。
更にパチュリーは、灰色の毛玉を二つ召喚した。
精霊魔法系の使い手でもあるパチュリーにとって、低級な精霊レベルの存在である毛玉を召喚する事など造作もない。
「それに乗れば早く鼠の元へ行けるから……げほっ。後はあんた達に任せるわ」
毛玉と言ってもスピードはかなり速い。
それに大きさも、小柄な妖精が乗るには十分すぎる程の大きさだった。
サニーとルナは、言われるまま毛玉に乗り込む。
ふさふさとした体毛が、メイド服ごしから感じられた。
そして二人の能力で、毛玉ごと姿と音を消し去り、気配を完全に絶った。
「よし! ”黒いの”をギャフンと言わせてやるわよ!」
天下一泥棒決定戦編
〜その23〜
花火が飛び交っていた。
メイド達は、魔方陣からクナイの弾幕を放つ。
対する魔理沙は、弾幕の密度が薄い所を瞬時に見切る事で、狂気的なまでのメイド達の弾幕を避け続けている。
避けながら攻撃範囲が狭い代わりに、一撃の威力が高いレーザーをメイド達に浴びせていく。
「きゃあっ!」
「あっ!」
悲鳴をあげて次々と倒れていくメイド達。
日ごろから努力を重ねてきた事で培った魔理沙の弾幕回避能力は、既に人外の域を超えている。
安全な場所を即座に見切り、そこに滑り込む。
仮に被弾する可能性が高ければ、無理せずナイスボムを放つ。
更に紅魔館の住人と常日頃から接してきた魔理沙にとって、
彼女達の本気などパターン通りに動くだけで無茶な弾避けを殆どする事なく避けきれる。
「温いぜ。温すぎるぜ」
このままでは魔理沙が勝ち逃げするのは、時間の問題である。
−−−−−
絶望的な状況においても、スターは何も出来なかった。
人間以下の存在である妖精は、その力もメイド一人一人にすら劣る。
と言ってもスターのレーダー能力では、何も出来ない。
その時。
「っ!?」
スターの体が急に重くなっていった。
否。
スターの頭上から降ってきた、姿の見えない何者かに潰されたのである。
「ごめん。ま、スターが私達を見捨てて逃げ出した罰って事でさ……こらえてよね」
スターを潰したのは、ルナが乗っていた毛玉であった。
「その声はルナ!?」
「あ、スターだ」
そこにサニーが乗っていた毛玉も現れた。
能力を解除したのか、スターにもその姿が視認出来るようになる。
「サニー、ルナ、死んだんじゃなかったの?」
相棒達が唐突に現れた事でスターは少々錯乱したのか、そんな無茶苦茶な事を口走った。
「そんなことより!」
−−−−−
サニーは、スターにミニ八卦炉を奪えば何とかなると説明した。ミニ八卦炉ってどんなだろう。
スターは”黒いの”に一矢報いる事が出来るならいいな、と思いながら。
「流石ね、サニー! 妖精一の窃盗団な私達らしいナイスな作戦だわ!」
「窃盗団じゃないけどね!」
その作戦なら何とかなる、と思った。
星は気まぐれな存在であり、星の光の妖精であるスターもまた気まぐれである。
−−−−−
「よし、それじゃあ”黒いの”に近づくわよ!」
「ちょっと待って、サニー」
姿を消して毛玉を発進させようとするサニー。
だが、ルナに背中を掴まれて発進出来ない。
「って何すんの、ルナ」
「そのまま行っても無理だって」
ルナは、魔理沙とメイド達が戦闘を行ってる所を指差す。
魔理沙は、かなりの高速で動きまわっている。
人間の中で、魔理沙は特に速い方に位置づけられる。
その速度は下手な妖怪を越えている。
「それで、あんな速く動き回ってる”黒いの”に近づいて、そのミニ八卦炉とやらを奪える?」
「う、それは……」
考えてなかった。
妖精とは基本的に思慮という物が足りない。
「でも”黒いの”の動きが遅くなれば、その時に奪えばいいんじゃないの?」
そこに横槍を入れたのがスターだった。
「動きが遅くなる時? どういう事?」
「”黒いの”のスペルカードは、隙だらけなのよ」
スターも、指を咥えて黙って魔理沙の戦いを見てるだけではなかった。
魔理沙の使用する恋符「マスタースパーク」には、弱点がある。
「マスタースパーク」の弱点には、使用してる際の魔理沙は、動きが非常に鈍るのである。
また「マスタースパーク」は前面にしか撃てない上に、旋回能力も非常に低い。
気配を消して背後から近寄り、「マスタースパーク」を放ち終わった瞬間を狙えば
ミニ八卦炉を奪い取るのも難しい事ではないはず、とスターは説明した。
「それは分かったけど、どうやって”黒いの”にスペルカードを撃たせるの?」
見るとメイドの数はかなり減っており、魔理沙も余裕綽々という様子で弾幕を避けている。
魔理沙が集中力を欠いて凡ミスを犯すのなら「マスタースパーク」を放つかもしれないが、その可能性は決して高くないだろう。
そう考えてる時だった。
「撃たせる役目は、私達に任せてくれないかしら」
「っ!?」
とある女性が、光の三妖精に声をかけた。
天下一泥棒決定戦編
〜その24〜
「あ、あなた達はメイドさん……」
三妖精に声をかけたのは、名無しのザコメイドの皆さんだった。
彼女達の誰もが、レーザーに焼かれる事こそ免れたが、身体にダメージを負っている者達ばかりであった。
「作戦は聞かせてもらったわ」
「魔理沙に一矢報いるためには、その作戦しか無いでしょうね」
「だから私達が魔理沙に「マスタースパーク」を撃たせるから、その間に貴方達はミニ八卦炉を奪うのよ」
メイド達の眼は真剣だった。
あそこまで魔理沙にコケにされたのが、余程悔しかったのだろう。
それに加え、魔理沙に逃げられる責任を追求される鬱憤もあった。
「メイドさん……」
三妖精の悔しさも、メイド達と同じだった。
いや三妖精も、既に紅魔館のメイドの一員だったのだ。
「わかったわ! やってやるわ!」
「このまま”黒いの”にやられっぱなしなんて悔しいもんね!」
「それじゃ行きましょう!」
決意を固め、三妖精は毛玉に乗り込み、能力を使って姿と音を消す。
彼女達の気持ちは一つだった。
全ては魔理沙の逃亡を阻止するために。それは正に絆の地獄であった。
−−−−−
「無駄無駄無駄無駄ーッ!!」
一方、魔理沙は大暴れしていた。
「逃げてやるぜ! この魔理沙がなぁ!」
下手したらロードローラーを持ってきかねない。
頑張ればチェックメイトまでやりかねない。
ああ、このまま魔理沙は、パチュリーや幽香だけではなくて咲夜までパクってしまうのか。
というかDI○をパクってしまうのか(隠してない)。
そんな感じで快進撃を続ける魔理沙の元に、
魔理沙のショットとレーザーを潜り抜け、猛スピードで突撃してくる影があった。
「突撃ィーッ!!」
「何ィッ!?」
−−−−−
「な、なにやってんの。あのメイドさん達」
脇目も振らず力一杯飛ぶメイドを見て、サニーは思わず。
あのスピードのまま突っ込むと魔理沙と撃墜してしまい、メイドも共に撃墜されてしまう。
「紅霧異変から幾たびの戦闘で、魔理沙のパターンの分析はできたわ」
三妖精と毛玉の付近を飛んでいたメイドの一人が、説明する。
そうこう言っている内に、魔理沙の攻撃範囲に入ったメイドが2人撃墜されていく。
そしてメイドの一言。
「魔理沙が被弾する状況まで追い詰め、マスタースパークを撃たせるためには接触死を誘うしかない……彼女達は貴方達の盾となるべく突貫したのよ」
そうしてる間にも、また1人撃墜されていく。
「そろそろジリ貧なはず。貴方達はミニ八卦炉を奪う準備を」
「わ、わかったわ! あなたは早く逃げて!」
だがメイドは、フッと唇の笑みを浮かべて言った。
「私にもメイドのプライドがある。それに、あと一息だわ」
そして彼女も、また猛スピードで魔理沙に向けて突貫していった。
−−−−−
魔理沙は、メイド達の突貫をショットとレーザーで捌ききっていた。
しかし出力が不安定なレーザーでは、それも限界に近づいていた。
魔理沙は長年の経験から接触死の危険性を悟る。
そうなれば取る行動は一つである。
「押しつぶされる! こうなったら……恋符「マスタースパーク」ッ!」
魔理沙は、前方広範囲に向けて「マスタースパーク」を撃ち放った。
それは従来の常識に捉われない恋の魔法であった。
−−−−−
「よしっ! ”黒いの”がスペルカードを使ったわ!」
「今よ! ”黒いの”に取り付くのよ!」
「ええ、わかったわ!」
三妖精は、毛玉を乗り捨てて魔理沙に張り付く。
「マスタースパーク」の反動で、魔理沙の横と後ろはガラ空きだ。
張り付くのに難しい事など何も無い。
これも全てはメイド達の犠牲による物だった。
「多分、これね!」
魔理沙が手に持っている緋々色金で出来たマジックアイテム。
それこそがミニ八卦炉だった。
−−−−−
「くっ。何だか体がこそばゆいぜ!」
姿の見えない何者かに、体を触られる感触を感じながら魔理沙は「マスタースパーク」を撃っていた。
反動に耐えるため「マスタースパーク」を撃ってる際は、動きづらい。
「何だこれは。メイド服の呪いって奴か」
魔理沙が着ているメイド服が、やたら重くなっている。
仮にも悪魔の館のメイド服なのだから、人間が着たら呪われるとかなっていてもおかしくない。
「でも咲夜だって着てるからな」
そうこうしている内に「マスタースパーク」の効果時間が過ぎる。
魔理沙はミニ八卦炉を懐にしまう。
それと同時に、先ほどから感じていたこそばゆい感覚が無くなっていった。
「よし、それじゃ仕切りなおしと行こうじゃないか」
そして魔理沙はショットを放とうとした。
何も出なかった。
−−−−−
「よしっ! 奪ってやったわ!」
魔理沙がミニ八卦炉を懐にしまう瞬間を狙って、サニーは瞬時にミニ八卦炉を掠め取った。
「流石サニーだわ! 妖精一の窃盗団、またはお笑い妖精トリオのリーダーね!」
「って違うでしょ!」
スターとルナのボケツッコミが炸裂する。
そこにサニーが割って入る。
「いいって。どうせ”黒いの”だって泥棒なんだし、硬いことは言いっこなし!」
「……まあ、それもそうね」
そう言われてルナは妙に納得したようだった。
「それじゃ後はメイドさん達に任せましょう」
「まあ、それもそうね」
そうして三妖精は、毛玉に乗って魔理沙の付近から離れた。
背後からは、ピチューンという被弾した擬音が響いていた。
光の三妖精&紅魔館連合の勝利だった。
天下一泥棒決定戦編
〜その25〜
「ただいま〜」
レミリアと咲夜が、神社から紅魔館に帰ってきた。
もう夜遅くになっていた。
「で、あんたは何やってんの?」
「”人類は十進法を採用しました”っていってるように見えるか?」
「”泥棒鼠をとっ捕まえました”っていってるように見えるわ」
そして紅魔館の庭に、木で出来た十字架が突き刺さっていた。
十字架には、メイド服を着た魔理沙が、両手両足をロープで縛られていた。
−−−−−
咲夜とレミリアは、とりあえず門を守っていた中国から詳しい事情を聞いた。
「つまり、魔理沙がいつもの様に泥棒に来たら、ウチのみんなが頑張って捕まっちゃったという訳ね」
「ええ、まあそういう事ですね」
その中には、人間だと致命傷になる程のダメージを負った者も居たが
肉体的なダメージは「痛い」程度で済むような連中ばかりだったのが幸いだった。
ああいった存在は、精神にダメージを負う方が危険なのである。
「何だよ。ちゃんと泥棒に来たぜって言ったぜ?」
「自分で泥棒とか言ってどうすんの。食べられないだけありがたいと思うんだね」
「うぅ……。それよりミニ八卦炉返してくれないか? アレがないと、恋符撃てないんだよ」
「後で回収してから返しに行くから、それまで魔符で我慢なさい」
咲夜は、メイド服に仕込んでいた銀のナイフを数本取り出して、魔理沙に向かって投げる。
ナイフは、魔理沙を縛っていたロープを切り裂いて、魔理沙の拘束を解いた。
「今回は私の負けのようだな。だが、私はまたいつか帰ってくる。その時を楽しみに待っているんだな」
魔理沙は、負け惜しみを言ってから
十字架の横に放り投げられていた箒にまたがって、魔法の森にある自宅へと帰っていった。
小さくなっていく黒い背中を見送る咲夜、レミリア、中国の三人。
「とりあえず、今回は門番としての役割を果たしましたよ。みんなのおかげですけど。魔理沙は何も盗んでいかなかった」
「何言ってんの。魔理沙はちゃんと盗んでいったわよ」
レミリアは、腕を組み、どこか遠い目をしてから言った。
「メイド服を!」
エピローグ
〜そして半年後〜
幻想郷 第百二十一季。
紅魔館の面子と、霧雨魔理沙が起こした悶着。
一連の騒動は、人から人へ。妖から妖へと伝聞されていった。
しかし、その騒動は当事者(魔理沙)の圧力によりもみ消され、『幻想郷縁起』にも収録されなかった。
そして、次第に人々の記憶から消え去る事になる。
それから約半年の時が過ぎ去った大晦日の日。
魔法の森。
化け物茸が放つ瘴気で、人間にとっても妖怪にとっても居心地の悪い場所である。
こんな所に住んでいるのは、茸の幻覚で魔力を高めようと考える魔法使いか、
あるいは自然現象そのものが具現化した妖精ぐらいな物である。
そんな魔法の森に在る大木の中に、光の三妖精の家はあった。
「ふう。ただいま」
「あっ。お帰り、ルナ〜」
ルナチャイルドが外から帰ってくると、サニーミルクとスターサファイアがなめたけ入りの年越し蕎麦を食べている最中だった。
美味しい料理に目がないサニーは、妖怪の宴会などに潜り込むだけでなくて、自分で作る事もある。
本来、妖精は食事を取る必要が無いのだが、人間の真似をして料理を食べる者が多い。
ちなみに多くの材料は、人間の里から盗んできた物である。なめたけは、魔法の森に生えてる物を取った物だ。
「ルナの分の蕎麦もあるわよ。ほい」
「サンキュ。そういや、人間って何で大晦日に蕎麦を食べるんだろう」
「知らないわよ。人間の考える事なんて」
「そういや、メイド人間が月人だとかどうのこうのとかルナが言ってた話はどうなったのかしら」
「えっ何ソレ」
ルナは、軽く流しながら木製のテーブルの前に座って、なめたけ入りの年越し蕎麦を啜った。
ちなみに、大晦日に蕎麦を食べる習慣は「細く、長く、達者に暮らせることを願う」為である。
蕎麦の面を一本啜り終えて租借した後に、ルナは思い出した様に懐から紅い手紙を出した。
「ああ、何か知らないけどこんなのが届いてたわよ」
そしてルナは、手紙を開いて、その内容を読み始めた。
−−−−−
背景
光の三妖精様
先日に起こった騒動の際は、本当にお世話になりました。
本来は、もっと早く手紙を出しておきたかったのですが、
あなた方が四ヶ月程前に紅魔館のメイドを辞めた事を最近になるまで知らなかったので、こんなに遅くなりました。
咲夜さんが語る所、それなりに役に立つあなた方をコキ使いたかったようですが、存在がバレたと同時に逃げられたと語っておりました。
実はあの時、魔理沙さんが盗もうとした魔道書の中には、
「捨虫の術」という、不老不死になる為の魔法が書かれていたのです。
それを後から知ったパチュリー様は、心底、安堵しておられました。
魔理沙さんは人間であって欲しいのか、魔理沙さんが妖怪になって長生きされると困るからなのかどうかは知りませんが。
第百二十一季も、そろそろ暮れに入りました。あけおめ。
今年は特に何の異変も無い年でしたが、来年は何か異変が起こるはずです。
恐らく、その頃には私達は霊夢さん達と接触する事が少なくなるような気がしてなりません。
でも、それも一興でしょうか。
それでも私達の事、どうか忘れないでいてください。
by 紅魔館の小悪魔
−−−−−
「えっ誰ソレ」
そこまで読んだ後のルナの第一声は、これだった。
半年もの期間が過ぎ去った事で、三妖精達は半年前の事などとっくに忘れていたのである。
「人間が書いた幻想郷縁起とかいう本にも載ってない妖怪ね」
「何か、私は尻が痒いんだけど」
笑顔のまま蕎麦を啜るスターの横で、過去に尻叩きを何度か受けた事があるサニーは無意識に尻をぽりぽり掻いていた。
しかし手紙は、そこで終わってはいなかった。
「ん? まだ続きがある」
−−−−−
ps
あなた方のお尻が非常に可愛らしくて恋をしました。
紅魔館のメイドの中にも、霧の湖に住んでる妖精の中にも、あなた方のお尻に匹敵する
嗚呼……あなた方のお尻をペンペン叩きたい。苛めてあげたい。
この手紙が、届く頃、あなた方の家へ行きます。
−−−−−
「うふふふふ。本当に遅れてごめんなさいねぇ。でも、今から目一杯愛してあげますからぁ。可愛い声で鳴いてくださいよぉ」
艶のある、それでいて威圧感がある女性の声が三妖精宅の玄関から響き渡る。
仮に忘れていても、本能が憶えている。
あのサディスティックな、小さい悪魔の事を。
三妖精は、恐る恐る振り返る。
そして、そこには確かに居た。
紅い、紅い髪の、悪魔が。
「ひぃいいいいーー!!」
「さあ、私達の愛はこれからです」
終劇