天下一泥棒決定戦編
〜その11〜




 午後になった頃には、三妖精の仕事も終わっていた。
 色々あって疲れた三妖精は、紅魔館の食堂でラーメンを食べていた。
 コショウは入れないのが今時の食べ方である。

「あー。尻がひりひりするー」

 小悪魔に二度も尻を叩かれたサニーは、椅子に座るだけでも少々苦痛だった。
 日の光の妖精であるサニーは日の光を浴びて回復する。
 だが先ほどまでは珍しく晴れていた外は、今ではどんよりと曇っており日差しが見えない。
 恐らく紅魔館以外の場所では、梅雨が降っているのだろう。だから曇る。

「だからサニー。あの小悪魔に逆らっちゃいけないって言ったじゃない」

「スターは言うのが遅すぎなのよ…… しくしく」 

 三妖精の中でも天候に影響を受けない星の光の妖精であるスターは、何もしなくても少しずつ回復していく。
 小悪魔に叩かれた尻の痛みも、今では完全に引いていた。

「コショウ入れ忘れてるぜ。ほら入れてやるよ」

 そんな三妖精の横に座ってラーメンを食べていたメイドが、ルナのラーメンにコショウをかけてきた。
 しかも万遍なく塗りつぶすように。

「ああ、何すんのよ!」

「入れない派だったのか? すまんな」

 金髪のおさげ髪のメイド服を着た少女は、悪びれる事もなくラーメンをすすっていた。
 そして麺を啜り終わった後、三妖精の顔をジロジロ見て言った。

「それよりお前ら…… 泥棒か?」

 メイド服を着た金髪の少女の質問は、非常に的を射ていた。
 現在でこそメイドとして働かされている三妖精だったが、元々は紅魔館を別荘にするためにやって来ていたのだった。
 堂々とした泥棒である。

「あんたの方が泥棒らしいじゃない!」

 サニーは、質問をはぐらかすために怒鳴ってみた。
 そして金髪のメイド服少女の答えは、驚くべき物だった。

「ああ、そうだ。私は泥棒だよ。嘘つきじゃないぜ」

 そう言った自称泥棒の金髪のメイド服少女は、ラーメンの汁を飲み干していた。

「じゃあな同業者」

 金髪のメイド服少女は、空になった丼を放置して席を立った。
 そのまま速攻で食堂から姿を消す。

「なんなのよ。あいつは……」

 サニーは、その堂々とした態度にそう呟くしかなかった。

「”黒いの”でしょ。いつもの服じゃなかったから気づきにくいけど」

「えっ、スター。あれって”黒いの”なの?」

 生き物の動きを補足するスターは、その能力で金髪のメイド服少女が”黒いの”=魔理沙である事を見抜いていた。
 確かに人間らしい立ち振る舞いは、魔理沙らしい物であったと思う。

「サニー、スター。言い忘れてたけど洗濯してたらメイド服の中から”黒いの”が着てるいつもの服があったわ」

 小悪魔が気にせず洗濯しろ、と言ったので従ったけど…… とルナは付け加えた。
 魔理沙が泥棒を自称するのは、メイド服を紅魔館から盗んだ事なのか。それとも……。

「ねえルナ、スター。食べ終わったら図書館へ行ってみない? 小悪魔がそこに居るって言ってたから、あいつに聞くのよ」

「なるほど、小悪魔なら”黒いの”についても知ってるかもね。ルナはどうする?」

「どうするって行くしかないでしょ。何とかして”黒いの”をギャフンと言わせたいし」

 三妖精の意見はまとまった。
 何かあったら小悪魔に聞いてみるのが一番という事だ。

「よおし。じゃあ早く食べ終わって図書館へ行くわよ! ルナ! スター!」

 サニーはそう言いながらラーメンを食べる速度を上げて、むせた。



天下一泥棒決定戦編
〜その12〜




 悪魔の館の図書館。
 パチュリー・ノーレッジは、100年前からずっとそこで本を読んでいた。
 動かない大図書館。知識と日陰の少女。
 そしてパチュリーは読んでいた本を閉じる。
 
「あんた。またここに……?」

 闇の中から人間の影が、うっすらと浮かぶ。
 日夜、暗いところで本を読みふけっているパチュリーには姿はよく見えない。
 だが、そこに居る人物が誰かは感覚で理解していた。
 
「うずくんだよ
 泥棒としての誇りがいつまでも……
 お前から魔道書を盗まなきゃいけないってな」

「悪いわね。私は医者じゃない
 そいつはできない相談ってものよ」

「そうかい」

 ランプの明かりが、闇で見えなかった霧雨魔理沙の姿をクッキリと浮かび上がらせる。
 魔理沙が着込んでいる服は、彼女のトレードマークと同意義である黒い魔女風衣装ではなくてメイド服ではあるがそんな事はどうでも良い。
 次の瞬間、ホウキを駆る魔理沙が、パチュリーの元へ全速力で突っ込んできた。



−−−−−


「えっ。”黒いの”って魔理沙さんの事ですか?」

 パチュリーと魔理沙が弾幕ごっこに興じている最中。
 そんな決闘が繰り広げられているとは露知らない小悪魔は、昼食を終わらせてやって来ていた三妖精の質問に答えていた。

「そうですねぇ。確かに知らない人が聞いたら面食らうでしょうねぇ。
 紅魔館の常習窃盗犯ですよ。あの人は」


−−−−−


 小悪魔が語ったのは、二、三年前ごろに何かゴダゴダがあって、その頃から魔理沙が紅魔館に出入りしていたという事だった。
 その際に魔理沙は魔道書などを盗んでいくらしい。
 つい最近になって「私は泥棒だぜ」とか言いながらやって来ていたりするとも聞いた。

 ちなみに魔理沙がいつもの服ではなくて、メイド服を着ているのは咲夜が転んだ拍子に紅茶を引っ掛けて魔理沙の服を汚してしまったのが理由らしい。
 まあ間接的に咲夜を転ばせたのは三妖精ではあるのだが。

「まさか”黒いの”も泥棒だったとは。因果なものよね。サニー、スター」

「妖精一の窃盗団と呼ばれた私達への挑戦かしら」

「泥棒って言ってるのは、スター一人だけどね」

 ほの暗い図書館で、そんな他愛ない話をしていた三妖精。
 その中で三人の誰かが立ち止まっていた。

「ねえ」

「ん?」

「あれって黒いのじゃないの?」


−−−−−


 三妖精が見たもの。
 それはパチュリーが、魔理沙の足元で倒れ付している光景だった。

「ごふっ!」

 パチュリーは血反吐を吐き出していた。
 それは鉄の味をしている……。



天下一泥棒決定戦編
〜その13〜

 話は少しだけ過去に遡る。

「悪いわね。私は医者じゃない
 そいつはできない相談ってものよ」

「そうかい」

 メイド服を着た魔理沙は、一言だけそう言うとホウキを駆り、全速力でパチュリーの元へ突っ込んできた。
 「ブレイジングスター」のような剛速球ではなく、ただの牽制である。
 しかも床スレスレの超低速である。


 次の瞬間、魔理沙に紅い水しぶきがかかった。
 紅く色がついた水が、メイド服にこびりつく。
 この時魔理沙は、パチュリーがホウキを打ち落とすために
 彼女が水の魔法を使用したのだと思い、ホウキを乗り捨てていた。

「(小細工をするじゃないか)」

 魔理沙は心の中で呟いた。
 自分は「弾幕はパワー」。アリスは「弾幕はブレイン」
 そしてパチュリーは「弾幕はバリエーション」といった所だろう。
 火水木金土の陰陽五行に加え、月と日の三精の内二つをマスターしているのがパチュリーだ。

 そして今日は水曜日である。
 パチュリーは曜日で主に使用する魔法を使い分ける癖がある。
 魔理沙にはパチュリーが、水で攻撃してくる事はわかっていた。

「だが私の勝ちだぜ」

 魔理沙はメイド服にかかった紅い水をものともせずに、懐からスペルカードとミニ八卦炉を取り出し、
 そして宣言する。

「恋符「ノンディレクショナルレーザー」!」

 ミニ八卦炉から魔理沙の周囲360°に対して、魔力が回転するように放出される。
 元々「ノンディレクショナルレーザー」とは
 パチュリーが使用していた通常攻撃を、魔理沙が約八ヶ月をかけて完成させたシロモノだ。
 しかしパチュリーの通常攻撃は、接近されると撃たれ放題という弱点を抱えていたが
 魔理沙の「ノンディレクショナルレーザー」は、魔理沙の中心を大火力で包む事で欠点を克服していた。
 零距離での「ノンディレクショナルレーザー」の威力は「マスタースパーク」を凌駕する。
 その「マスタースパーク」を凌駕するミニ八卦炉の大火力が、パチュリーを焼いていた。


 そして魔理沙は「ノンディレクショナルレーザー」を止める。
 まるで煙のように埃が舞い上がって、図書館を覆う。
 まあ基本的に妖怪や悪魔の類は、肉体の損傷は対して問題ないらしい。
 それどころかパチュリーなら、完全に攻撃を防御しているかもしれない。
 そして煙のような埃が晴れた後。


 魔理沙は驚愕した。
 そして「ノンディレクショナルレーザー」を放った事を後悔した。

「こ、こいつ!」

 魔理沙が見たのは、床で倒れ付すパチュリーの姿であった。
 血反吐を吐き散らして、目を閉じ、グッタリと倒れていた。

「し、死んでいる……」



−−−−−



「今日は…… ごほっ。天中殺だわ…… げほっ!」

 パチュリーは生きていた。
 妖怪、悪魔、魔族といった類の連中は、肉体の損傷は命の危機に直結しない。
 いくら零距離の「ノンディレクショナルレーザー」が恐るべき破壊力を誇っているとは言え
 それでは悪魔の類であるパチュリーを消滅する事は不可能である。

 だがパチュリーは生まれつき肺を病んでいた。
 そして外へ出ないため、体調も良くない。
 過去にフランドールが外へ出ようとした時や、伊吹萃香が宴会まで萃めた時のように
 非常に体調が良い時もある。
 だが、体調が非常に悪い時もある。
 この日はそういう日だった。
 この時は、埃がパチュリーの気管支炎に入り込んで呼吸困難に陥り、そして戦闘不能まで追い込まれたのだ。
 ついでに魔理沙のメイド服にかかった水は、パチュリーが吐いた血反吐だった。

「何というか…… アレだな。すまん」

 血が混じった咳を吐き続けるパチュリーに対して、魔理沙は素直に謝り、
 丁重に本棚から魔道書を抜き取り、パチュリーを放置して、それを持っていこうとした。

「持ってかな、げほっ! げほっ!」

 血を吐きながら咳をするパチュリーを見て、魔理沙は少しだけ良心が痛むのを感じた。
 だが魔理沙にも諦められない理由が、
 本来は無いはずなのだが、魔理沙は諦めなかった。

「すまんパチュリー。だが私は諦める訳にはいかないんだ。という訳で持ってくぜ」

 そう言って、スワヒリ語で書かれた魔道書を手に持ち帰ろうとした。
 そこで魔理沙はほの暗い図書館に居る、自分以外の何者かを幻視した。

「メイド? 咲夜か!?」

 魔理沙は見知っているメイドの少女を連想する。
 だが、よく見るとその影は三つあった。
 そして必死に見つめると、その髪型に見覚えがあった。

「い、いや。あ、あいつらは!」

 魔理沙が見たメイドの影。
 それは自分と同じくメイド服を着込む、自分と同じ泥棒である光の三妖精の姿であった。


 次回、三妖精VS魔理沙?。


閑話・梅雨の季節〜番外編〜

 天気は気まぐれである。
 午前中は見事なまでの梅雨晴れだったのに、
 昼になる頃には、じめじめした雨が幻想郷に降り注いでいた。
 未だ梅雨の季節は真っ盛りである。


−−−−−


 幻想郷の最も東にある博麗神社。
 霊夢はちゃぶ台の前に座って、マッタリとお茶を啜っていた。
 雨が降ってる最中は境内の掃除が出来ないのだが、別に今やる必要もない。

「あんた、お茶飲むんでしょ? 飲みたきゃそこの棚にある茶葉使っていいわよ」

 霊夢はちゃぶ台の向こう側に座ってるレミリアに対して、棚の方を指差す。
 その茶葉というのは霊夢が「香霖堂」から勝手に持って行った物なのだが、それは別の話。

「要らないわ。私は紅茶しか飲まないのよ」

 レミリアは長く尖った爪をいじりながら、霊夢に言った。
 紅魔館の主であり吸血鬼でもあるレミリアは、日傘を差していつものように神社に遊びに来ていた。
 だが昼になっていきなりの梅雨である。
 吸血鬼は日光だけでなく雨も苦手としており、雨が降っている現在は外を出歩く事もままならないのだ。

「あんた、運命とか操るんでしょ?
 だったらちゃっちゃと雨を降り止ませて紅魔館に帰ればいいんじゃないの?」

「あら。そんな事しなくてもすぐに持ってきてくれるわよ。正味何分か後ぐらいに」

「誰が持ってくる、ってあいつしか居ないわね……」

 霊夢は湯のみに残っていたお茶を全部すすると、ちゃぶ台の上へ無造作に置いた。
 家の中に篭っているというのも、結構退屈である。


−−−−−

 
 それから咲夜が、気配も見せずに神社の中に姿を見せていた。
 瞬間移動をしたのか、時間を止めたのかは判らないが、本当にいつの間にかそこに居た。
 霊夢がお茶を飲み終えた、正味何分か後ぐらいに。

「咲夜〜。お腹空いた〜」

「ええ。今すぐに準備しますわ」

 咲夜は紅魔館から持参した紅茶葉と血液を、これまた持参していた鍋で手際よく淹れ始めていた。
 いわゆる「煮出し式」と呼ばれる手法である。

「そういえば咲夜。昨日入り込んだ泥棒連中はどうしたの?」

「昨日入り込んだ泥棒連中? 霊夢と魔理沙の事ですか?」

「誰が泥棒なのよ」

 霊夢が泥棒に入るのはもっぱら香霖堂であり、紅魔館ではあまり物を持っていかない。
 魔理沙が必要としてしょっちゅう盗んでいく魔道書も、霊夢にとっては価値のない物だからだ。

「ああ、あの子達ですか?」

 咲夜の脳裏に、あの例の三人が浮かんでいた。
 サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの光の三妖精。
 咲夜も彼女達が侵入者だという事はわかっていた。
 鈍い割には切れ味は鋭い。それが紅魔館のメイド長である。

「そう、多分その子達。
 咲夜のボケはつっこみにくいのよ。本気かどうかわかりにくいから」

「私はいつも本気ですよ。いつでも頼りにしてください」

「それで頼りになる咲夜は、そいつらをどうしたの?」

「さあ。今頃、小悪魔と一緒に洗濯を終えて、
 パチュリー様のお手伝いかなんかでもしてるんじゃないんでしょうか。
 まあ、お嬢様が追っ払えって言うなら追っ払いますが?」

「別にいいんじゃないの? 放っておいても。
 働いてる分だけ、どこぞの黒鼠よりマシだし」

「そうですか。働かざる者住むべからずって事ですね」


 その頃、霊夢は呆けながら前に境内の掃除をしたのが、一週間前だった事を思い出していた。

 梅雨の季節は、まだ明けない。

 これまでの経緯


 サニーミルクが紅魔館に忍び込む事をルナチャイルド、スターサファイアに提案する。
   ↓
 三妖精、メイド服を着込む。
   ↓
 咲夜にはバレバレだったが放置される。
   ↓
 蛍狩り、地上のパーティ。
   ↓
 ここまで三月精本編の話
   ↓
   翌日
   ↓
 レミリア、博麗神社に遊びに行く。
   ↓
 魔理沙と中国が弾幕ごっこ。鏡を割ってしまうが魔理沙はテラスまで逃げる。
   ↓
 三妖精、メイド人間(咲夜)に悪戯を仕掛ける事を画策する。
   ↓
 小悪魔に目をつけられる。
   ↓
 ルナが「咲夜は月人なんじゃないの?」と疑問に思うが、サニーとスターにはスルーされる。
   ↓
 三妖精は咲夜の足を転ばせてケーキをお嬢様にぶっかけさせる。
   ↓
 そのお嬢様は魔理沙の事だった。咲夜は冗談で言ってたのだ。
   ↓
 三妖精、魔理沙の存在に混乱して逃げる。
   ↓
 魔理沙の服が汚れたので洗濯。ちなみに魔理沙はメイド服に着替えてる。
   ↓
 洗濯場に小悪魔が現れる。中国が魔理沙と弾幕ごっこをして鏡を割った事を知る。
   ↓
 咲夜は鏡の修復に専念する。小悪魔は三妖精を使って洗濯させる事を決める。
   ↓
 三妖精は小悪魔に捕まりお尻ペンペンされる。サニーは二回叩かれる。
   ↓
 仕方ないので小悪魔に従う。紅魔館の話を聞かされる事になる。
   ↓
 咲夜、鏡の修復が終わって神社まで紅茶を持っていく。
   ↓
 洗濯が終わって食事。魔理沙がラーメンにコショウを入れてくる。
   ↓
 その頃、博麗神社では霊夢とレミリアと咲夜がマッタリしていた。
   ↓
 三妖精、小悪魔から魔理沙の話を聞くために図書館へ行く。
   ↓
 パチュリーが魔理沙との弾幕ごっこの最中、喘息で倒れこむ。
   ↓
 そこに三妖精が居た。対峙する両者。



−−−−−



天下一泥棒決定戦編
〜その14〜




 灰暗い図書館でも、その姿はよく見えている。
 魔理沙と三妖精は互いに対峙しあっていた。

「ねえどうすんの? 何か修羅場って感じなんだけど」

 ルナは、狂気に満ちた紅い眼で魔理沙を必死に凝視していた。
 そもそも妖精では、普通の人間の足元にすら及ばない。
 三妖精が霊夢や魔理沙達に悪戯を仕掛けていられたのは、日や月の光を借りて姿や音を消していたからだ。

 だが、外から光が殆ど射さない紅魔館の図書館において、その能力は全くと言っていいほど発揮できない。
 魔理沙に対して悪戯を仕掛ける事は、殆ど不可能と言っても過言ではない。


−−−−−


 しかし自らの能力が発揮出来ないはずのサニーは、何故か不敵に笑っていた。

「何言ってるのよルナ。これはチャンスよ」

「チャンス?」

「この館から逃げ出すためのチャンスよ」

 サニーは小悪魔に尻を叩かれてから、何とかして紅魔館から逃げ出す算段をずっと考えていたと仲間に告げた。
 このままタダ働きさせられるのは真っ平だと。

「何か騒動が起きたときの混乱に乗じて逃げ出せれば良いなと思ってたんだけど、
 何か”黒いの”が暴れてくれてたみたいで好都合ね」

「結局、この館には何しに来たのかしらね。私達……」

 得意気になってるサニー。
 どこか疲れた様子のルナ。


−−−−−


 そんな中、スターは自らのアンテナ能力を駆使していた。
 三妖精の中では、唯一天候や光とは無関係に能力を駆使出来るのがスターである。

「流石はサニーだわ。”黒いの”が暴れてる隙に逃げ……」

 スターは捕捉していた人物が急接近するのを察知する。
 次の行動。
 瞬間、横っ飛びに全速力で飛んだ。



「魔符「スターダストレヴァリエ」突撃モードだぜ!」

 魔力を帯びたホウキに乗って、メイド服を着た魔理沙が猛スピードで突っ込んでくる。
 それはサニーとルナを巻き込んで爆発し、星を撒き散らした。



天下一泥棒決定戦編
〜その15〜




 超スピードで突っ込んだ魔理沙は、サニーとルナを宙まで跳ね飛ばしていた。
 攻撃を終えたホウキは、乗っている魔理沙を床に降ろす。

「ん、一人足りなくないか? …… まあ、いいか」

 魔理沙は、床に転がってるサニーとルナの様子を目視して呟いた。



 紅魔館から逃げたいのは三妖精だけでなく、魔理沙も同じだった。
 魔理沙が逃げたい最大の理由は、魔道書をとっとと持ち帰って魔法を身につけたいという気持ちであったが
 もう一つの理由が、いきなり吐血して自滅したパチュリーの事で面倒ごとを起こしたくないという理由であった。
 パチュリーを放置して誰かに見つからないまま逃げれば、小悪魔か咲夜辺りが何とかしてくれるだろう。

「そういや咲夜の奴は、神社に行ったんだっけ?」

 魔理沙は、ぼやきながらホウキを動かそうとする。
 後は何食わぬ顔で裏口から逃げ出せばいい。

「食堂でラーメン食べたけど、何食わぬ顔だぜ」

 再びホウキは宙に浮き上がる。
 そして魔理沙は、とっとと逃げ出そうとホウキに指令をかけようとした。
 その時である。



「ちょっと待て−−−っ!!」



−−−−−



「ちょっと待て−−−っ!!」

 今にも逃げ出そうとしていた魔理沙に向かって大声で叫ぶ声。
 その声の主は魔理沙に跳ね飛ばされたサニーであった。
 サニーは「スターダストレヴァリエ」によって受けたダメージの痛みで、半ば涙目だったが。

「ああ、お前。生きてたのか」

 サニーの素っ頓狂な叫びに、魔理沙はとぼけた声をあげる。
 その調子にサニーの怒りがますます吹き上がってくる。

「あんたのせいで死ぬかと思ったわ」

「そうかい、生きてて良かったじゃないか。で、私に何の用だ?」

「用ならたっぷりあるわ! 対人間のために編み出した必殺技を喰らえ! 黒いの!」

 サニーは背中の羽を全速力で動かし、魔理沙の懐まで飛び込んだ。
 そして思いっきり拳を突き出した。


「サニーパンチ!!」


−−−−−


 サニーパンチ…
 ネッシーや雪男、頭脚人間と言ったUMAが如き不透明さを持つ伝説の拳。
 使用した事があるとされる人物は、地上の短くない歴史でも「餓えた狼」と呼ばれた一人の男しか居ない。
 またサニーパンチが伝説とされる要因の一つに
 「餓えた狼」がこの伝説の拳を放つ姿が、極僅かな文献でしか見受けられない事が挙げられる。
 前世紀の産物であるその拳は、既に幻想の域へ到達していると言われる。
 
 『ボソガロ−−餓えた狼の伝説−−』より


−−−−−


 サニーが渾身を込めて放ったサニーパンチが、魔理沙の顔面目掛けて襲い掛かる。
 だがサニーパンチは、それほどスピードもなく簡単に見切れる物だった。
 少なくとも弾幕ごっこを毎日続けて、動体視力も人間を超えている魔理沙にとってはタコミスしなければ当たるはずもない攻撃である。

 ぶっちゃけ弱いのだ。
 普通の人間を脅かす程度の威力しか持たない伝説の拳。
 それがサニーミルク版サニーパンチである。
 まあ伝説なだけで、威力が高いかどうかはわからないのだから仕方ない。

「当たらないぜ」

「くっ! サニークラッシュ! サニーパンチ! サニーナックル!」

 サニーは技名を叫びながら攻撃を繰り出し続ける。
 だがその全てが魔理沙の体をカスめていく。
 むしろサニーの攻撃全てが、魔理沙にカスられている。
 魔理沙は、サニーの攻撃をわざとカスっているのである。

「当たりさえすれば…… 当たりさえすれば人間なんて一撃でダウンなのに!」

 サニーは、自らの攻撃が当たらない事に腹を立てる。
 それを聞いた魔理沙は不敵に笑って言った。

「当ててみろよ」

「なんですって!?」

 魔理沙は両手を頭の上に挙げて余裕をぶっこいている。
 挑発されたサニーは、更にムカついてきた。

「こ、後悔しちゃえ−っ!!」

 怒りを込めてサニーは、その拳を放つ。
 狙うは魔理沙の顔面。

「サニーパンチッ!!」

 全力で放ったサニーパンチは、魔理沙の顔面にヒットした。
 ハナから避けるつもりも無かったのだろう。簡単に当たった。
 でもサニーは違和感に気づいた。

「手ごたえが…… ない?」

 サニーの小さな拳の下に見える魔理沙の顔。
 最初はしかめっ面をしていたが、次第に不敵な笑みへと変わっていく。

「普通の人間は倒せても…… 普通の魔法使いは倒せないようだな」

 解説すると魔理沙は全身に魔法を纏っている。
 必要以上に肉体を強化する魔理沙は、技は重いがスピードとパワーはある。
 耐久力も常人を遥かに超えている。もう人間とは思えないぐらい。



 魔理沙は、何を思ったかクルっと後ろを向く。
 そして尻を突き出しながらサニーに向かって突っ込んできた。
 魔理沙のヒップアタックを喰らって、サニーはそのまま床へ倒れこむ。

「きゃんっ」

 サニーの顔面が、魔理沙の尻にうずめられる。
 魔法で強化したヒップアタック−−マッシヴボディ−−は、ただのヒップアタックとは一味違っていた。

「お前なんか尻だけで十分だぜ」

 そう、一味違う。


 続く。

天下一泥棒決定戦編
〜その16〜




「う、ううん?」

 「スターダストレヴァリエ」の直撃を食らって気絶していたルナだが、今、目が覚めた。
 どうもショックの影響か、現在の状況が確認出来ない。

「どうなってんの?」

「どうなってるも何も、黒い鼠が暴れまわってる…… ぐほっ!」

 ルナの自問に対して、すぐ横で倒れていた紫色の髪をした少女が答えを返す。
 その少女は、吼えるような物凄い咳で苦しそうにして、時折血を吐いている。
 人間だったらとっくに死んでいる程の血液量を吐き出しているのだろう。

「って、あんた誰よ」

「そんな事はどうでも…… げほっげほっ!」

 紫髪の少女は、喘息の苦しみを抑えながら何やらスペルを詠唱しようとする。
 だが、咳によって途切れ途切れになってしまい完全に唱え切れない。

「だ、大丈夫?」

「スペルが唱えきれな、げほっ…… 今日は天中殺だわ…… げほっ」


−−−−−


 とりあえずルナは、サニーとスターを探す事にした。
 とは言ってもスターは、もうこの近くには居ないだろう。
 スターは逃げ足が速い。ヤバそうになるととっとと逃げ出してしまう。
 

 ならばサニーは何処に居るのだろうか。
 と思っていたら、何か魔理沙がメイドを尻で潰している光景を見てしまった。
 メイドとは言っても、魔理沙の尻に潰されてる少女の身長は、他のメイド達よりも低い。

「まさか……。 ”黒いの”に潰されてるのってサニー?」

 そのまさかだった。


−−−−−


「くそっ、サニーパンチ!」

「その程度のパンチじゃ、私の尻をどかす事は出来ないぜ」

 サニーは魔理沙の尻から逃れようと、必死で足掻いているようだった。
 だが下手な妖怪よりよほど強い魔理沙に敵う訳もなく、無残に潰され続けているのであった。


−−−−−


「(”黒いの”が起こした混乱に乗じて、この館から逃げ出すつもりじゃなかったのかしら)」

 利用して逃げ出すつもりだった癖に、とルナは思った。
 多分、サニーは魔理沙に喧嘩を売って返り討ちにあったのだろう。
 先に喧嘩を吹っかけて来たのはあっちだが、そのままやられっぱなしは性にあわない、と言った所か。

「(まあ、やられっぱなしが性にあわないのはサニーだけじゃないけどね)」

 スターはどうかはわからないが、少なくともルナ自身はサニーに同意だった。
 いくら魔理沙が人間離れしているとは言え、たかが人間風情である。
 しかも神社界隈の人間で、一番「人間らしい」のが魔理沙だ。


 やられっぱなしは腹が立つ。


「ねえ、このままやられっぱなしでいいの?」


 ルナは誰に言うでもなく問うた。
 ”黒いの”に勝ちたい。
 自称泥棒とかのたまってる”黒いの”に一泡吹かせてやりたい。
 その願いの行方。


「いいえ、やられっぱなしなんかじゃないですよ。ルナちゃん」


 誰に言った訳でもないコトバの答え。
 ルナは思わず後ろを振り向いた。
 そこに居たのは、月の光のように…… 紅い、紅い髪の少女。

「あ、あんたは…… 小悪魔さん!?」


天下一泥棒決定戦編
〜その17〜




 ルナの背後から音もなく現れた小悪魔は、両手に水の入ったコップと粉を持っていた。
 そしてその薬を、血を吐きながら床に転がっている紫髪の少女に飲ませる。

「喘息のお薬を持ってきました」

 紫髪の少女は、必死で水で薬を飲み込む。
 多少むせたようだが、すぐに青白かった血色が色を取り戻していく。
 薬の効果が効き始めてきたのだろう。

「小悪魔。よく来てくれたわ……」

「この図書館はかなり広いですからね。少し遅れました」

「言い訳はいいの」

 ペコリと頭を下げる小悪魔を尻目に
 紫髪の少女は、うつぶせ状態から身を起こして床に座っていた。

「メイドを尻に敷いてるわ。メイド服の鼠が」

「メイドを尻に敷いてますねぇ。メイド服の鼠さんが」

 小悪魔と紫髪の少女は、メイドを尻に敷いている魔理沙の姿を見てぼやいた。
 何をやってるかはわからないが、まあ魔理沙の事だからノリとテンションに身を任せてるに違いない。


「ねぇルナちゃん。尻に敷かれてるのってサニーちゃんかスターちゃんだったりします?」

 小悪魔がいきなり話しかけてきた物だから、ルナは不意をつかれた気分になった。

「えっ? そ、そうね。多分サニーでしょ。サニーパンチとか言ってるし。
 サニーが威勢良く”黒いの”に殴りかかって返り討ちにされた、とかそんなとこじゃないのかな」

 小悪魔はルナの言葉を聞いて、ふうむと考え込む。
 少しばかり思案した後に、小悪魔は紫髪の少女に話しかける。

「とりあえず追い払う努力とかしてみますか?」

「努力だけはして頂戴…… げほっ」

「了解。努力はしてみます」

 紫髪の少女の指令を聞いた小悪魔は、紅い髪の上にピョコンと生えた小さな羽根を動かして
 サニーを尻に敷いている魔理沙の元へ向かっていった。


−−−−−


 ルナと紫髪の少女は、魔理沙の元へ向かう小悪魔の後姿を見つめていた。

「ねえ。あんたは小悪魔さんの援護に行かないの?」

 ルナは、隣で座り込んでいる紫髪の少女に声をかけた。
 だが先ほどに比べて吐血はしてないが、いまだ紫髪の少女は軽い咳を吐いている様子だった。

「少しは楽になったと言っても、まだ本調子じゃないのよ。げほっ。少し楽になってからの方が勝てる可能性はあるわ」

「でも考えるまでもなく小悪魔さんなら”黒いの”に勝てるわね」

 ルナは魔理沙に挑もうとする小悪魔の後姿を大きく感じていた。
 自分達の尻を叩き、恐怖を植えつけた存在。
 だが、名前の通り彼女は「悪魔」の端くれなのだ。強大な力を持つのが「悪魔」なのだから。
 一方の魔理沙は、たかが「人間」でしかない。愚かな「人間」が「悪魔」に敵う道理などない。

「いや、小悪魔一人じゃ魔理沙には勝てないわ」

 しかし、紫髪の少女はルナの言葉を否定する。
 ルナは紫髪の少女の言葉に対して、不愉快な表情を表に出した。

「勝てないってどういう事よ」

「努力の差かしら。あの鼠は必死なのよ。だから人の図書館から本を持っていく。
 神社の紅白やウチの咲夜とかと違って根本のポテンシャルは大した事ないけど……
 いや対した事ないからこそあそこまで努力するのかしら。あいつは」


−−−−−


 サニーは相変わらず魔理沙の尻に敷かれていた。

「ほらほら、さっきまでの勢いはどうした」

「嫌ー、嫌ー」

 サニーパンチの勢いも失せていき、今では殆ど無抵抗である。
 日の光が入らない図書館では、自らの能力も使えない。
 というかこの状況では使っても意味がない。

「はっはっは。私の尻は鋼鉄の尻だぜ」

 魔理沙としてもとっとと逃げ出すべきなのだが、サニーを下敷きにするのに夢中で逃げる事を忘れていた。
 魔道書は、ちゃんと横に添えて置いてある。

「ははは。何しに来たか忘れちまったが、まあ楽しいからいいぜ」

「楽しみは一人より皆で共有した方が楽しいんじゃないんですか?」

 魔理沙は後ろから発せられた殺気と、聞きなれた声を聞いて即座に立ち上がろうとした。
 だが、反応が遅れてしまいメイド服を捕まれて、体ごと宙に持ち上げられる。
 魔理沙は必死でもがくが、どうしても自由が利かない。

「こ、小悪魔さん?」

「お、お前…… 小悪魔か?」

「ええ。私は小悪魔です」

 その甲高い声は、間違いなく小悪魔の物だった。
 だが声にはどこかしら凄みが感じられる。
 咲夜の声にも凄みがあるが、小悪魔の声の凄みはもっと別な恐怖を植えつける。

「サニーちゃんのような可愛い娘をいじめるなんていけない人ですね。お仕置きが必要ですね」

「ちょっと待て、お仕置きってなんだ!?」

「そりゃ、こうですよ!」

 小悪魔は、片手で魔理沙を持ち上げており、余った片手で魔理沙の尻を叩く。
 それは三妖精を恐れさせたスパンキング攻撃だった。

「あはははは。どうですか魔理沙さん。反省しましたか? あはははは。それとも気持ちよいですか? あはははは」

 恍惚した表情で魔理沙の尻を叩く小悪魔。
 その攻撃の恐ろしさを理解するサニーは、小悪魔の勝利を確信した。

「やったわ! ザマミロよ、”黒いの”!」


−−−−−


 どこか遠い目をしながら紫髪の少女は、小悪魔では魔理沙に勝てないと言った。
 紫髪の少女は、ルナに対して言う。

「あの鼠は普通の人間だけど普通の人間だと思っちゃダメよ。
 鼠が紅白によく負けるのは、多分陰陽五行の相性の所為。鼠が”水”なら紅白は”木”。
 ”水”は”木”を成長させるもの。”水生木”って奴かしら」

「それがどう関係あるってのよ」

「小悪魔の陰陽五行の属性は”火”よ。”火”は”水”に消される。”水剋火”ね」

 そこまで言って紫髪の少女は、深くため息をついた。

「大体、あの子が鼠を追い出せれば特に苦労なんかしないのよ。げほっ」


天下一泥棒決定戦編
〜その18〜


「あっははははは。あーはっはっは」

 向こう側では、小悪魔が悦びの声をあげて魔理沙の尻を叩いている。
 その様子を見てルナは小悪魔に逆らえない、という事を再確認していた。



−−−−−


 だがルナの隣に座っている紫髪の少女は、小悪魔では魔理沙に勝てないと言う。

 そもそも物質は火・水・木・金・土で成り立っている。
 この五つの要素が十の力で相互に作用する事で、安定することなく絶えず変化し続けるのである。
 十の力とは、木は火を生み、火は土を創り、土は金を育て、金は水を浄化し、水は木を育て、
 木は土を痩せさせ、土は水を吸い、水は火を消し、水は金を溶かし、金は木を祈る、この十個である。


 魔理沙が霊夢に負けがちなのも、この要素が多少ある。
 霊夢は見るからに春であり、最も東にある神社に住む。これは”木”の象徴だ。
 魔理沙はと言うと、黒い服を好み陽の射さない森に住む。これは”水”の象徴である。

 ”水”は”木”を育てる。それは”水生木”と呼ぶ。
 霊夢と魔理沙はつるんでいる事が多く、昨日行われた紅魔館のパーティにも二人で乱入していた。
 だが決闘が絡むと二人の相性は悪くなる。そういう事だ。


−−−−−


「それでもう一度聞くけど、小悪魔さんの属性は”火”なのよね」

 ルナは、隣に座る紫髪の少女に問いただす。
 魔理沙の属性は”水”
 小悪魔の属性は”火”
 この二人には水は火を消す”水剋火”の関係が生まれている。
 だから小悪魔では魔理沙に勝てない、と紫髪の少女は言うのだ。

「元々、悪魔全般が気性の荒い連中が多いからね。あの娘も例に漏れず気性が荒いのよ。
 今、鼠の尻を叩いてる小悪魔は、多分何も考えてないんじゃないのかしら」

「話が見えないわね。気性が荒いのとどういう関係があるっての」

「気性が荒いから燃え盛る”火”なのよ。ついでに紅い髪ってのも”火”を連想させるしね」

 紫髪の少女は、深くため息をつき。

「げほっげほっ」

 咳き込んだ。
 小悪魔から受け取った薬で大分楽になってるらしいが、まだ戦闘出来る体調ではないらしい。

「頭に血がのぼりやすい小悪魔と違って、あの鼠は冷静なのよ。あれでいてね」

「冷静? ”黒いの”が? そうは見えないけどなぁ」

「何か企んでる。あの鼠」

 「魔理沙が冷静」と言われて、ルナは思わず首をかしげる。
 唯我独尊を徹底的に貫く魔理沙の姿は、冷静という姿からはかけ離れている。
 だが霧雨魔理沙は、自分とサニーを捕まえた事もある人間だ。
 たかが人間と侮れる存在ではない。


−−−−−


 ここに至ってルナは、紫髪の少女はある疑問をぶつける事にした。

「あんたは…… 一体何者よ?」

 そう言えば、この少女の名前を知らなかった。
 紫髪の少女は、軽く咳払いしてから言う。

「私はパチュリー」

「パチュリー? 小悪魔さんが言ってた魔女?」

 先ほど前、小悪魔が三妖精に紅魔館の主な面子について語った事がある。
 その中でも主人の友人で、紅魔館でも偉い魔女がパチュリーと呼ばれるらしい。
 ジト目で紫髪の魔女は、火・水・木・金・土の五行魔法と、月・日の三精魔法の内一つをマスターしているらしい。
 魔力はかなり高い。その分だけ体が非常に弱いらしいが。

「でも、あなたが先に名乗るべきだと思うわ。月の光のメイド」

 流石に魔法で扱ってるだけあって、パチュリーはルナが月の光に関係する存在だと気づいたらしい。
 この分だと妖精だという事もバレてるかもしれない。

「そうね。私はルナチャイルド。あんたの言ってるように月の光のメイドってとこかな」

 だがパチュリーはメイド服を着込んでいるルナの事を、メイドだと思っている。
 ルナはパチュリーがそう思ってくれれば、危険はないと判断するのだった。


−−−−−

 
「それより、鼠がなんかやるみたいよ」

 パチュリーは、小悪魔と魔理沙、ついでにサニーが居る方を見やる。
 相変わらず小悪魔は、魔理沙の尻を叩き続けていた。


 だが魔理沙が堪えている様子は全くない。平然としている。
 しかも、それどころか。

「何か”黒いの”の体から、何かエネルギーが放出されていない?」

 ルナでも、魔理沙が何かをやらかそうとしている事は見て取れた。
 魔理沙の尻を叩いてる本人である小悪魔と、それを見て小悪魔を応援しているサニーは気づいていない。

「恐らく、あの鼠は…… げほっ」

 パチュリーは軽く咳き込んだあと、言葉を繋ぐ。

「マスタースパークを放つ気だわ」


−−−−−


「あはははは! どうですか魔理沙さん!
 「お姉様ごめんなさい」って3回周ってから言えば許してあげますよぉ!」

 小悪魔が一人異様な雰囲気を漂わせて、魔理沙の尻を叩く。
 魔理沙の体は小悪魔の膝に固定されていて、動けない。
 だが魔理沙は、全く堪えた様子がない。
 
「ああ、悪いけどお前は何か勘違いしてるぜ。小悪魔」

 そこでサニーもようやく気づいた。
 魔理沙の体から何かエネルギーが放出されている事を。

「私の尻は魔法で強化された尻だからな。お前のしっぺごときじゃ痛くも痒くもないんだな、これが」

 魔理沙の態勢は固定されている。
 だから魔理沙には何も出来ないはず。
 しかし魔理沙の不敵な顔から、サニーは不安を覚えた。

「小悪魔さん! ”黒いの”が何かやらかす気よ!」

 サニーの言葉をかき消すように、魔理沙が宣言する。
 その手にはいつの間にか握りこんでいたスペルカードがあった。

「恋符「けつスパーク」ッ!!」

 次の瞬間。
 魔理沙の尻から、広範囲に渡る高エネルギーのレーザーが発射された。
 その形状は、魔理沙の代名詞……「マスタースパーク」そのものであった。



F-TYPE FINALへ続く


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