雇用編
その1

 悪魔の棲む家『紅魔館』
 山奥にある湖の真ん中にある紅いお屋敷。
 梅雨が幻想郷中を濡らしてる中でも、この屋敷の周りだけ雨が降っていない。
 雨は悪魔にとって弱点の一つであるため、それから身を隠すための雨を降らせない魔法を使っているのだろう。
 強い者ほど変な弱点を持っているものである。

 紅魔館の内部では、多くのメイド達が働いている。
 そのほとんどは、背中に羽が生えており、女性にしては高いぐらいの背丈をしており、共通のロングヘアをしていた。


−−−−−


 そんな中で、目立つほど身長が低く、ツインテールやカールヘアといった個性的な髪型をしたメイド三人組が居た。
 いつもは博麗神社を乗っ取るべく悪戯を仕掛けるサニーミルク、スターサファイア、ルナチャイルドの三妖精である。
 三妖精は梅雨のじめじめした空気を嫌って、幻想郷で唯一「雨が降らない場所」である紅魔館を別荘としたのだ。
 と言ってもメイド服を着てればバレないだろう。といういかにも妖精らしい短絡的な物ではあったのだが。


−−−−−


「案外、バレないものねぇ」

 他のメイド達を尻目に、ルナは心底そう思った。
 紅魔館に住み着いてから丸一日ほど経ったが、元々棲んでいた悪魔も魔女もメイド達も、三妖精に対して全く違和感を感じていなかった。
 元々この館は、働いているメイドだけで演奏会を開ける程の数を擁している。
 三人程度、妖精が紛れ込んでも案外バレない物なのかもしれない。

「だから言ったじゃない、堂々としてればバレないし、バレても大丈夫だって!」

 サニーは、胸を張って言う。
 確かに堂々としてれば大丈夫というのは、全く根拠のない話ではあるのだが、
 平和ボケしているこの館では、それぐらいの方が違和感ないのかもしれない。


−−−−−


 それに今は午前中。
 日光を嫌う吸血鬼の主人は、朝に寝て、夜起きる生活を送っている。
 という事で、午前中は紅魔館のメイド達も休んでいるのがほとんどなのだ。

 なので三妖精も、のんびり過ごしている。


−−−−−


「まあ、この館でメイドのふりしてるのは私達だけじゃないみたいだからね」

 血の色をした紅茶をすすりながら、スターは言う。
 自分達だけがメイドに化けている訳ではない、と。

「うん? スター、それってどういう事?」

 その言葉に対して、サニーが聞き返してきた。
 スターは、いつものように気だるそうにしながら説明をする。

「サニーとルナは気づかなかったかもしれないけど、昨日のパーティに三人ほど人間が居たのよ」

 紅魔館では、頻繁に催し物をする。
 それで昨日は、紅魔館ではパーティを開催されていた。
 三妖精も、メイドとして手伝わされたが美味しい料理とお酒があったり、蛍狩りしたりと非常に楽しんでいた。

 そしてスターは「生き物の動きを捕捉するだけの能力」を持っている。
 昨日のパーティで、スターは人間を捕捉していたらしい。

「でも、こんな館に近づきたがる人間なんてそう多くはないでしょ?」

「ところが人間が人間なのよ。その内の二人は”巫女”と”黒いの”だったわ」

「”巫女”と”黒いの”が!?」

 スターの話を聞き、大声を張り上げて驚くサニーと、興味深そうに「へえ」と頷くルナ。

「確かに。”巫女”と”黒いの”なら、平気で悪魔の住処にでもやってきそうだわ」

「ちょっと酔ってたからパーティが終わるまで気づかなかったけどね」

 スターはそう付け加える
 

−−−−−


 ”巫女”と”黒いの”。
 ある意味、三妖精の宿敵とも言える二人の人間。
 言うまでもなく”巫女”とは博麗霊夢であり”黒いの”は霧雨魔理沙の事である。

 これまで三妖精は博麗神社を乗っ取ろうと画作していた。
 そして霊夢と魔理沙に対して、博麗神社を賭けた勝負を仕掛けてきた。
 と言っても妖精だけに悪戯を仕掛ける程度の勝負であるし、本気になってるのは三妖精だけだった上に、大体は徒労に終わってはいたのだが。


 ともあれ、それだけに「巫女」と「黒いの」は三妖精にとっても重要な意味を持つ人間であった。



−−−−−


 ルナが言葉を紡ぐ。

「でもスター。問題なのは”巫女”と”黒いの”じゃなくて、私達以外にメイドのフリをしてる人間が居るって事でしょ?
 三人居たのに”巫女”と”黒いの”だけじゃ、一人足りないわ」

「ええ。でね、この館の主人の悪魔に付き添ってるメイドが一人居るでしょ? 何か他のメイドに命令出してて、一人だけ髪型が違う奴」

「髪型なら、私達も他のメイドとは違うけどね。まあ私はロングヘアだから大丈夫だけど」
 
 ルナの指摘はもっともだが、スターは無視して話を続けていた。

「パーティの前から違和感はあったんだけど、どうやらそいつは人間らしいのよ」

「ええっ?」

 サニーとルナは素直に驚いた。


−−−−−


 幻想郷においてメイドとは、人間が就く職業ではない。種族なのだ。
 メイドは妖精というか悪魔というか、そんな生き物であって人間を襲う側の存在である。
 そもそも、この館そのものが人間を襲う側の存在である。

 かつて紅霧異変の時。
 博麗霊夢は、スターが言っているメイドの少女が人間であるという事を知った時、それなりに驚いていた。
 それはメイドというものが、元々は人間が成る職業であったという常識が、外でも幻想でも消えてしまっている事を意味する。

 メイドは、人間が成る物ではない。
 だから、三妖精にとってメイドをやっている人間というのは珍しい物だ。


−−−−−


 とは言っても幻想郷においてそのメイド人間は「悪魔の犬」として、それなりに名が知れ渡っていたし
 むしろ”巫女”や”黒いの”と、強さも迷惑をかける度合いも同程度の存在として認識されていた。

 それにメイド人間は博麗神社に出没する事もあるのだが、今まで三妖精が悪戯を仕掛けた時に限っていなかったし
 そもそも妖精は、そんなに高い知能を持ってる訳ではないので、たとえ知っていたとしてもすぐに忘れていた。


−−−−−


「まあ人間がメイドをやってるというのも、不思議な話だけども……」

「別荘に居ながら、人間に対して悪戯し放題って訳ね!」

 妖精は根が単純だ。
 どこぞの氷妖精がバカなのは、彼女が妖精であるというのも大きい。
 喜ぶ二人に対して、スターは無邪気に頷いていた。
 まあ、妖精というのは、自分達より力の強い人間に対して悪戯を仕掛ける物だから仕方ない。


−−−−−


 早速、三妖精は悪魔の屋敷に棲むメイド人間に対して、どう悪戯を仕掛けるか作戦を考える事にした。
 建物の中なので三妖精の能力は効きにくいのだが、それを考慮した上での作戦会議だった。

「そこでこう」

「いやいやこうでしょ」

「そうかしら、ここはこの方がいいんじゃない?」

 あーだ、こーだ言いあいながら悪戯を考えていった。


−−−−−


「よし! この悪戯なら完璧ね!」

「非の打ち所がないわ!」

「最近は妖精一の窃盗団とか言われてたから、久々の正統派悪戯ね!」

「うん。言ってたのはスターだけどね!」

 三妖精はハイテンションになっていた。
 目標のメイド人間は、部屋で寝ているはずだ。
 今が、悪戯を仕掛ける時である。

「それじゃ行くわよ!」

 三妖精は、久々の正統派悪戯を人間に仕掛けるべく動き出そうとしていた。


−−−−−


「あのぅ……」

 不意に三妖精の背後から声をかけられた。
 ハイテンションだった事もあって、必要以上に震え上がった。
 三妖精が、恐る恐る後ろを振り返ると。

「貴方達、新入りのメイドですね?」

 振り返った先に居たのは、黒基調の衣服に身を包んだ紅い髪をした悪魔だった。

「あ、あんた誰よ……」

 正体がバレたのではないか? と危惧する。
 しかし、紅髪の悪魔は”新入りのメイド”と言っていた。
 という事はバレてない、はずである。

「ああ、申し送れましたね。私はこの家の図書館の司書をやってる”小悪魔”です」

 小悪魔、ではあるのだろう。
 確かに彼女はこの家の主人よりも力は弱い。
 下手な妖怪よりも弱いかもしれない。
 しかし、最底辺クラスの妖精にとっては脅威となりえる存在である。

「そ、それで……。その小悪魔さんが、何の用かしら?」

 三妖精に対しても、小悪魔は丁寧な態度を崩してはいない。
 色んな意味で濃いメンツが揃う紅魔館で、下っ端をやるには言葉使いにも気をつけなければいけないらしい。

「いえ。大した事はないのですが…… ”サクヤさん”に挑むメイドなんて、久々かなぁって思って……」

 ”サクヤ”というのは、スターが発見したメイド人間なのだろう。
 しかし、小悪魔は構わずに話を続ける。

「まあ、あの人も最近になって丸くなってるますから、そんな本気で反撃してはこないとは思いますが…… 無理しないで下さいね」

 そう言って、小悪魔は去っていく。
 三妖精は、しばらくその後ろ姿を見送るしかなかった。


−−−−−


 一気にテンションが落ちる。

「どうする?」

 そんな空気で、最初に言葉を出したのはスターだった。
 スターに続くように、ルナが言葉を紡ぐ。

「そりゃ正体がバレてないって点で、安心するべきじゃないかしら」

 小悪魔は、自分達をこの館のメイドだと思っていた。
 逆転の発想。だが真理である。
 バレてない。

「そっか、そうよね! なら、私達は気にせずメイド人間に悪戯を仕掛ければいいのね!!」

 サニーのテンションが、再び高くなっていく。
 そう、畏れる事など無いのだ。

「よし、それじゃ悪戯を仕掛けに行くわよ!」

 妖精とは、危険を恐れない。
 無鉄砲で愚かなのだが、それこそが妖精の本質と言えよう。
 かくして、三妖精の瀟洒なメイド日々は始まった…… のか?



雇用編
その2


「ほら。あれがメイド人間よ」

 遠めからスターが指を指した方向には、確かにメイドの格好をした人間が他のメイドに何やら指示を出していた。
 髪型も他のロングヘアのメイド達とは違い、銀毛のおさげ髪を垂らしている。

「確かに羽は生えてないわね……。それに妖気みたいなのも感じないわ。あれは確かに人間よ!」
 
 サニーが言うようにメイドが持ってるはずの羽が、背中に生えていない。
 妖精でも悪魔でも、大体は羽を持っているはずなのについて無い。
 人妖率は完全に人間に傾いており、どう見てもメイド服を着込んでいるだけの人間にしか見えない。


「うーむ……」

 だが、そのメイド人間に対してルナは違和感を抱いていた。
 確かにサニーやスターが言うようにアレは人間だと思う。
 しかし、何かが違う。

「どうしたのよルナ。さっきの小悪魔に言われた事を気にしてるの? 私は何を言われたか忘れたけど」

「確か私達の事をこの館で働くメイドと勘違いしてたんでしょ? だったら問題ないって結論になったんじゃない」

 サニーやスターは、あのメイド人間に対して何も違和感を抱いていないようだ。
 ルナだけが感じとる、という事は日も星も関係ない。
 という事はルナが影響を受ける”月”が、メイド人間の違和感に関係があるのか。


 少々の思案。
 そしてルナは気づいた。
 あのメイド人間に対する違和感のヒントに。

「ねえ、サニー、スター。”紫色”が何の境界を表してるか分かる?」
 ”紫色”ってのは”可視光線”と”不可視光線”の境の色なのよ。
 月から放たれる狂気の光は、地上の生き物には見えない色。
 不可視光線の色は”紫色”を超えてしまっているのよ」

「それがどうしたの? ルナ」

「あの人間の眼…… ”紫色”よ」


 真筆に語るルナを尻目に、サニーとスターは首をかしげる。


「”紫色”の眼だからどうだっていうのよ?」

「月からの毒電波とか、月の光景とかを幻視出来るようになってるかな?
 後、どこに居ても目的地まで迷わない”月の眼”ってのも”紫色の眼”か、あるいは”紅い瞳”である可能性が高いのよ。
 不可視光線は紅いからね」

「ああ、確かにルナの眼って少し紅みを帯びているわね。この家の主人の悪魔みたいに」

「でさ。ふと思ったんだけど−−−」


−−−−−


「−−−あの人間って月人なんじゃないの?」


−−−−−


「どう見ても、ただの人間にしか見えないけどねぇ……」
 
「それに月ってのは地上より綺麗な所なんでしょ?
 月に住む人は地上を嫌ってるのが多いはずじゃないの? よほどの物好きを除けば。
 なんでわざわざ、穢いはずの地上に降りてきて悪魔のメイドなんかやってるのかしら?」

 サニーとスターは、半ば呆れ顔で反論してきた。
 実を言うと、サニーとスターが言ってる事は的を射ている。
 大体の月人は、永い年月をかけて築き上げた英知の誇りを持っているが
 反面、地上という物を見下しており、よほどの物好きか、仕方なしで降りてくるか、どちらかなのが月人だ。

「いや、ただそれだけの話よ。月人ってのは神様にも近い存在だったから。
 でも、眼が違う以外はただの人間だって事でしょ。
 仮にあのメイド人間が月人だったら、常世の神・八意思兼神(やごころ おもいかね の かみ)の子孫かなんかだったのかなって思っただけよ」

「神様ねぇ……」

「でも、あれはどう見てもただのメイド服着た人間でしょ」

 あのメイド人間は月人だったかもしれない。
 そう言ってみたルナに対しての、サニーとスターの反論は完全に呆れ顔である。

 しかし、ルナも適当に思いついた事を言ってみただけだった。

「八意思兼神とは、かけ離れてるように見えるからこそ遠慮なく悪戯を仕掛けられるんでしょ。
 ほら、とっとと仕掛けるわよ」

 そう言うと、テンションが一気に下がったサニーとスターと一緒に、先ほどから計画した悪戯を仕掛ける事にした。


−−−−−


 確かにあの人間は、メイドなだけの珍しい人間でしかない。
 しかし、月人と地上人が構造的に大差ない存在だというのも事実だ。
 元より幻想郷では、月人の数は少なかったのである。


 三妖精が知る事はない話だが、あのメイド人間……サクヤは
 元々は月の民として、八意の姓を持っていた。
 だが、幻想郷でその事実を知るのは、同じく八意の姓を持つ者だけだったりする。
 だから、「彼女」は封印したはずの娘が、悪魔の主と一緒に自宅を荒らしまわってる姿を見て
 内心で驚きつつも、それを表に出そうとしなかったのである。
 それが最善の方法であると信じて。


 だが、そんな事を三妖精が知る由は無いし、知る必要もなかった。
 幻想郷は平和なのである。



雇用編
その3



 紅魔館のテラス。
 ここはこの館の主人の悪魔や、その友人の魔女が、血の色をした紅茶でティータイムを楽しむ場所だ。
 紅魔館の付近だけ雨が避けていくためか、梅雨の季節においても全く濡れていない。
 先ほどからテンションが急激に上がったり下がったりしている光の三妖精が、メイド人間への悪戯を仕掛ける場所もここだった。

「今回もサニーとルナの能力で、姿と音を消して悪戯を仕掛けるわよ」

 三妖精の能力は、非常に隠密行動に長けている。
 まず、サニーの「光の屈折を操る程度の能力」は、日の光を操る事で姿を消す事が出来る。
 それに加えルナの「周りの音を消す程度の能力」を組み合わせれば、姿も音も出さずに対象に近づけるのだ。

 もっとも多くの妖精は、戦闘力の無い普通の人間以下の力しかない。三妖精も幻想郷においては非常に弱い存在ではある。
 だが、妖精は自分よりも強いはずの人間に対して果敢に悪戯を仕掛けていくものなのだ。三妖精も例外ではない。

「今日は、晴れてて良かったわね」

「梅雨の中休みに入ったのかしら。何にせよ、このチャンスは逃がせないわ」

 サニーとルナの能力には弱点がある。
 それは、天候によっては能力が使えない場合が多々ある事だ。
 雨が降ってる日などにより、日の光も月の光が入らない日は能力が使えない。
 スターの「生き物の動きを捕捉するだけの能力」は天候を無視して使用可能ではあるが、それだけではどうしようもない。
 天候が悪いと悪戯も仕掛けられないのが三妖精だ。

 それでも、今日は梅雨の中休みに入ったおかげなのか気持ちよいぐらい晴れている。
 サニーとルナの能力も絶好調だ。

 今回、予定していた光の三妖精の悪戯は単純だ。
 テラスに居るお嬢様やら魔女やらに、紅茶とケーキを持ってくるのは、あのメイド人間の役目らしい。
 他のメイドに聞いた話だから、この辺りは間違いないのだろう。
 三妖精は姿と音を消した上で、メイド人間がお嬢様に紅茶を渡そうとした所を、姿を消した三妖精が足を引っ掛けて転ばせる。
 そのまま前のめりに転んだメイド人間は、紅茶とケーキをお嬢様にぶち撒けて怒られるハメになるという寸法だ。
 「足を引っ掛けて転ばせる」というシンプルな悪戯ではあるが、転んだ後がかなり嫌らしい。正にコンボである。


−−−−−


「はいお嬢様。そろそろ三時のティータイムよ」

 紅魔館に棲む唯一の人間である咲夜は、テラスのテーブルの傍らに姿勢良い格好で立っていた。
 その咲夜は、60年に一度しかない竹の花を使ったケーキと、真紅な血の色をした紅茶を乗せたお盆を持っていた。
 そしてテラスのテーブルには、やや低めの身長をした少女が魔道書を読みふけっている。

「おっ、もうそんな時間か?」

「厳密に言うと2時57分43秒ぐらいかしら」

「何でそんな精確にわかるんだよ」

「それは空に星が出てるからよ。星を見れば今の時間はわかるのよ。私」

「なるほど。普通じゃないか」

「へえへえ」


−−−−−


 咲夜の足元には、姿も音も消した三妖精が四つんばいになって居た。
 後は思いっきり足に衝撃を加えて咲夜を転ばせれば、彼女の持つ紅茶のお盆などがお嬢様にぶち撒けられる。
 完全に計画通りだ。

 サニーは勿論、先ほどは眼の色が紫だの八意思兼神がどうだのと言っていたルナも、やる気になっていた。
 しかし、スターだけは何か違和感を感じていた。

「よーし! それじゃ、転ばせるわよ!」

「ちょっと待ってサニー!」

 咲夜の足を動かそうとしたサニーとルナだが、スターによって止められる。

「今度は何よ、スター。メイド人間が「八意」が何だのとかって事?」

「メイド人間が月人かどうかは、多分有り得ないって結論になったじゃないの」

 当然、サニーとルナからはやる気を削がれた反論が来る。
 それに対してスターは。

「いえ、メイド人間じゃなくてお嬢様の方よ。あの喋り方とか、なんかに似てない?」

「なんかってなに?」

「”黒いの”」

 スターが言っているのは、咲夜が今”お嬢様”と呼んでいる人物が”黒いの”=”霧雨魔理沙”であるかもしれない、という事だ。
 確かに、あの男口調は魔理沙に酷似している。
 咲夜が言う「お嬢様」は、魔理沙に近い喋り方をしている。

「偶然でしょ。黒いのに似ている喋り方なんでしょ。そもそも何で”黒いの”に、わざわざメイドが紅茶を運んでくるのよ」

「まあ、それはねぇ」

 偶然。
 なるほど。この家の主人は男口調なのかもしれない。

「ほら。いいからメイド人間を転ばせるわよ!」

 そんな事を考えるよりも、悪戯を仕掛ける事の方が三妖精にとっては重要であるはずだ。

「わ、わかったわ」

 三人の妖精は、咲夜の足を掴んだ。
 妖精は非力な存在であるが三本の矢が束ねると折れないのと同じで、妖精も三人集まればそれなりの力になる。

「せぇーのっ!」

 三妖精は、能力によって外部に聞こえる事が無い掛け声をあげて、咲夜の体を引っ張った。



−−−−− 



「そろそろ3時だけど、お嬢様は大丈夫かしら。貴方はどう思う?」

「ああ、その辺は大丈夫じゃないか? 博麗の巫女の仕事ってのはお茶を飲む事も一つらしいぜ。
 レミリアの奴も、香霖の店に落ちてたお茶でも飲んでるんじゃないか?」

「お嬢様は、紅茶しか飲まないのよ。あと自分を怖がる人間以外の血は吸わないし」

「ああそういやそうだっけ? それより」

「2時59分56秒よ。残念だったわね。それじゃ……」

 その瞬間、咲夜の足が何かによって引っ張られた。
 引きずられるように咲夜は、前のめりになってテーブルに向かって転ぶ。
 そして持っていたティーカップやらケーキやらも、咲夜が転んだと同時に宙を舞った。

 
−−−−−


「やったぁ!」

 ぐちょり、という蛙が潰れたような音が鳴ったのを聞いて、三妖精は悪戯の成功を確信した。
 実に久々である正当派悪戯の成功。
 ここ最近は、巨大な卵を盗む事ぐらいしか悪戯をしてない気がする。
 しかし、今回は本当に悪戯らしい悪戯だ。
 彼女達が喜びに打ち震えるのも無理はないだろう。

 しかしサニーとルナが喜ぶ中、スターは一人立ち上がっていた。
 彼女の瞳が見据えるのは、紅茶とケーキまみれになってイスに座る少女。

「ねえ。やっぱりアレって」

 そして紅茶とケーキをかぶった少女が着ているのは、黒い服。
 さっきまでは、四つんばいになってたせいで見えなかったが、やはりその少女は……。

「黒いのなんじゃないの?」



雇用編
その4


 魔理沙の黒い服は、紅茶の水分によって更に黒くなっている。
 その上に、白いケーキもかぶってしまって白黒な良くわからない状態になっていた。
 こんな事態になっているのも咲夜が転んでしまったせいなのだが、その咲夜を転ばせたのが三妖精だと気づく者は居ない。

「うう。一体どうしたんだ?」

「ごめんなさい。いきなり足がふらついて…… 寝不足かしら?」

「寝不足だな。夜更かしはいけないぜ? 昨日の夜は一体何してたんだ?」

「パーティの準備と片付けに決まっているでしょ。そんな事より、その服は大丈夫かしら?」

「ああ。私は別にこの服しか着ない訳じゃないんだがな。まあ、いいさ。ここの服を持ってくから」

「どうせ止めても持ってくんでしょ? 貴方は」

「よく分かったな。適当な服を持ってくぜ」


−−−−−


 一方、咲夜の足を転ばせた三妖精は、ひどく驚いていた。

「なっ、なぜ黒いのがここに!?」

「ほらっ、私の言った通りじゃないの!」

「というか、ここの防犯は一体どうなってるのよ! まあ、私達も入れたけど!」

 サニー、スター、ルナの三人の驚きようももっともだ。
 魔法が使えるだけの普通の人間である魔理沙が、悪魔の棲む館にしょっちゅう入り浸ってるなど信じられる人は少ないだろう。
 一部の人妖にとっては、ごく当たり前に知られている事実だが、三妖精は魔理沙が紅魔館に入り浸ってる事実を知らなかった。
 過去に天狗の新聞などから見聞きしてたかもしれないが、妖精の知能ではそんな事もすぐに忘れ去ってしまう。

 三妖精にとっては、顔を知られているはずの魔理沙に見つかる事が何よりの危険であった。
 そもそも三妖精がこの館に居るのは、梅雨の期間だけ別荘にするつもりである。
 もし正体がバレれば追い出されてしまうだろう。
 いや、下手すれば追い出されるだけでは済まないかもしれない。
 非常に危険な状況だった。


−−−−−


 そんな中で、最初に言葉を紡いだのはサニーであった。

「ま、まあ一応黒いのも人間よね。という事でこの悪戯は成功という事でいいんじゃない?」

 サニーの言う事はもっともだ。
 何がなんだかわからないが、とりあえず悪戯は成功したと見ていいだろう。

「そ、そうね! となれば撤収ね!」

「ええ。とりあえず身を隠すわよ!」

 とりあえず、三妖精はこの場は隠れるべきだと判断する。



 しかしこの時、彼女らは気づいていなかった。
 少々混乱していたせいで、身を隠す能力を使い忘れていたのだった。
 つまり今の三妖精は、姿も音も他のメイド達から丸見えであったのだ。


−−−−−


 魔理沙の黒い服は、紅茶の水分を吸って重たくなっている。
 それに濡れた服を着るのは魔理沙にとっても不快で、早く着替えたいと思っていた。

「そんな状態じゃ、動きにくいでしょ? 私が持ってくるわ」

「そうか? すまんな」

 魔理沙が感謝するのよりも早く、咲夜の姿が視界から消えていた。
 咲夜は、時間を操る程度の能力を持っている。それに加えて空間も操る事が出来る。
 瞬間移動などお手の物だし、紅魔館が見かけ以上に内部が広いのも咲夜が空間をいじっているせいだった。


−−−−−


 そして次の瞬間には、メイド服を更衣室から持ってきた咲夜の姿があった。
 魔理沙にしてみれば本当に一瞬である。

「その黒い服も洗濯しておいてあげる。こんなに晴れてるし、明日にでも乾かして服を持ってくわ」

「そんなこと言って、私の服をネコババする気じゃないのか?」

「まさか。貴方や霊夢じゃあるまいし」

 そう言いつつも、咲夜の表情は悪い気はしていないようではある。
 そんな咲夜を尻目に、魔理沙はグチョグチョに濡れた黒い服を脱ぎ捨てるのであった。




雇用編
その5




 咲夜は、魔理沙から紅茶とケーキでぐちょぐちょになった黒い服を受け取る。

「何度も繰り返すが、ちゃんと返してくれよ」

「はいはい」

 そう言う魔理沙は、紅魔館にあったメイド服に着替えていた。
 恐らく、魔理沙がメイド服を返しにやって来る事は無いだろう。
 霧雨邸に積みあがってるゴミの山の一部となって、香霖堂に流れるか。
 あるいは意外と大事に扱ってくれるかもしれないが、まあ魔理沙がメイド服をどうするかはわからない。


「なあ咲夜。メイド服を着た私はメイドって事だよな。だったら私がお前を倒せばメイド長になれるのか?」

「なれるわけないじゃない。メイドってのは、炊事、掃除、洗濯、ナイフ投げのどれか一つでも出来ないといけないのよ
 魔理沙が出来るのは、せいぜい恋愛係ぐらいでしょ」

「むしろ営繕係だな。「ずっと」前にもこんなやり取りがあった気がするけど」

「後はお嬢様や妹様の子守とか」

「ああ、それなら出来そうだな。要するにレミリアやフランドールと遊んでやればいいんだろ?」

「それだけじゃないけどね。そもそもこの館のメイドになるなら住み込みで働かなきゃダメよ。
 休みも給金も無くて、出るのは三度のご飯とメイド服だけ」

「三度のご飯? 三時のおやつじゃなくて?」

「三時のおやつじゃなくて」

「だったら、止めとく」

「それにお嬢様の我侭で、月まで行く魔法の準備とかしたり大変よ。月になんて行ける訳ないじゃないの」

「そういや鈴仙はどうなんだ? 外の人間達と月の間で戦争があって、輝夜と永琳のとこへ逃げてきたとか言ってたぜ?」

「あの連中は地上を気に入ってるだけの物好きでしょ。きっと」

「そうか。鈴仙は嘘つきだって事か。嘘はいけないな。閻魔の奴に舌を引っこ抜かれるぜ」

「魔理沙が死んだら、閻魔様は真っ先に舌を引っこ抜くわね。きっと」

「ああ、私は嘘つきじゃないから引っこ抜かれないぜ? 現に、今も泥棒しに来たって正直に言ってるじゃないか」

「へえへえ」

 咲夜と魔理沙は、言葉遊びのようないつものやり取りを交わした。
 そして、咲夜は魔理沙が着ていた黒い服を手に掴む。


−−−−−


「それじゃ、私は仕事があるから」

「これだけメイドが居ると洗濯する服も多そうだな」

「魔理沙のせいで洗濯しなきゃいけない服の数が増えたけどね」

「そうだったか? って紅茶とケーキを引っ掛けたのは咲夜の方じゃないか。私は悪くないぞ」


 魔理沙が弁解したのと同時に、咲夜の姿は視界の外へと消え去っていた。
 咲夜が姿を消したのを見て魔理沙は。

「咲夜は相変わらず逃げ足が早いぜ」

 などという、良くも悪くも人間らしい勝手な事を言う。
 サイズにぴったり合うメイド服の着心地に、少々の違和感を感じながら魔理沙は、ふと思った。


「あっ、咲夜に新しい紅茶とケーキを持ってこさせるの忘れてた……。まあいいか、ダイエットのつもりで」


−−−−−


 魔理沙とのやり取りの後、咲夜は紅魔館の一室に居た。
 時間と空間は切っても切れない物らしく、時間を操れる咲夜は同時に空間も操れる。
 その要領で、咲夜は空間を飛び越えて瞬間移動をしたのだ。

 咲夜が居る部屋は、紅魔館の風呂場の着替え室であり、洗濯をする部屋でもある。
 洗濯機などという物は、ほとんど幻想郷には存在しないから、基本は水による手洗いだ。
 幸いにも、この館に棲む魔女は「水」を操る事も出来る。
 汚れが落ちやすい水を出す魔法を使ってくれているので、それほど手間はかからない。

 だが洗濯しなければいけない服の量はやたら多い。
 この館の主人や主人の妹。主人の友人とその使い魔。あと門番の服。
 そして咲夜を含めた紅魔館に棲んでるメイド達の服を、一気に洗濯するのだから。


 咲夜はメイド服の袖を捲くって、洗濯に取り掛かろうとした。
 そんな時である。

「あの、咲夜さん居ますか?」

 部屋の中に、赤い髪の少女が入ってきた。
 その少女は、小さな黒い羽根を生やしている小悪魔であった。

「あら? 何の用かしら」

「あ、はい。先ほどですね。紅魔館に侵入した魔理沙さんとそれを追撃した中国さんが弾幕ごっこに興じていたんですよ」

 「中国」とは、紅魔館の門番妖怪の通称である。
 本当は紅美鈴(ほん めいりん)と読むのだが、みんな忘れてる。

「まあ、いつもの事ね」

 いつの間にか紅魔館に出入りしてるのが当たり前のようになりつつある魔理沙だが、本来は泥棒である。
 その中で門番の中国は無能扱いされる中、己の尊厳をかけて魔理沙を阻止すべく日夜頑張っている。
 もっとも魔理沙が日常的に紅魔館に入ってこれるのは、この館の主人であるレミリアの寛容と咲夜の手助けがあるからというのも大きいのだが。


 小悪魔の用事とは、魔理沙と中国が激しく遊んでいた事を報告するためだけではないだろうと咲夜は思っていた。

「それでですね。いつもの事なんですが中国さんが魔理沙さんに飛び蹴りしたら、魔理沙さんに避けられてそのまま鏡を豪快に割ってしまったんですよ。」

「まあ、大体そんなとこだと思ってたわ」

 弾幕は究極の無駄である。
 弾幕とは本来は複数の敵に対して張る物であるが、弾幕ごっこは一人、多くても三人程度の相手にしか張らない。
 しかし、余裕を持って遊ぶ事が幻想郷に棲む者達の美学でもある。

 とは言え無駄弾が多いので、当然周りへの被害は甚大になりがちだったりする。
 そういう訳で紅魔館内部で弾幕ごっこをすれば、鏡が割れる事など日常茶飯事なのだ。

「それでお嬢様がお帰りになられるまでに、咲夜さんの手品で鏡を修理しておいて欲しいんですよ」

「まあ、お嬢様がお帰りになられたら面倒な事になりそうだものね。わかったわ」

 咲夜は表向きマジシャンだったりする。
 本人自身もタネのない手品を好み、弾幕にも適用したりする。
 といっても、時間や空間を操る能力を使っている訳だが。
 そして、咲夜の能力は物体の時間を巻き戻す事も可能である。
 咲夜の能力にかかれば、壊れた物を瞬時に直す事も出来るのだ。

 咲夜は、魔理沙と中国が行った弾幕ごっこの後片付けのために、洗濯を後回しにする事にした。


−−−−−


 現場へ向かう最中。
 小悪魔がこんな話をしてきた。

「ああそういや咲夜さん。最近、紅魔館にも新しいメイドの子が来てるって知ってますか?」

「新しいメイド? そういや私がこの館に来てから新しいメイドが来た事ないわね」

 咲夜が紅魔館で働き始めたのは、年月に直すとそう遠くない。
 3年前、紅霧異変よりほんの少し前から働き始めたのが咲夜だ。
 実質上紅魔館の顔であるにも関わらず、実際の所は紅魔館では一番の新入りでもあったのが咲夜である。

「文さんに求人広告は出してもらってるけど全く来なかったものね」

 天狗である射命丸文の「文々新聞。」に、メイドの求人広告をちょっとだけ出してもらった事がある。
 しかしそもそも新聞を読む人は幻想郷では少ないので、当然ながら効果は全くなかった。


 小悪魔は、新入りのメイドについて語り始める。

「三人居るんですけどね。三人とも背は低かったですね。
 金髪のツインテールの子と、黒髪のロングヘアの子。それに金髪のカールヘアの子です」

「中々個性的な面々ね。ちゃんとメイドとしてのいろはを教えてあげなきゃね」

「お願いします」

 そう言って、小悪魔はペコリと頭を下げた。


−−−−−


 言うまでもなく、小悪魔が言った「三人の新入りメイド」とは、
 サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアといった光の三妖精の面々である。
 彼女達が知らない中で、三妖精は紅魔館の住人として認知されつつあった。



 新入りのメイドとして。





雇用編
その6


「ぜえっぜえっ……」

 サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアの光の三妖精は、廊下の突き当たりで全速力で飛ぶのを止めた。
 紅魔館で働いているメイド人間の足を引っ掛けるという、些細な悪戯を仕掛けたのはいいが
 三妖精の(一応)宿敵である魔理沙の姿を見かけて、彼女に見つかって正体がバレてはいけないと思い、逃げてきたのだ。

「なっ、なぜ黒いのがここに!?」

「そのセリフ、さっきも言ったわよ!」

 三妖精が驚くのも無理はない。
 彼女達は梅雨の季節から身を隠すために、何故か雨が降らない紅魔館を別荘にしている身なのだ。
 そのためにメイド服を着る事で住民をやり過ごしているのだが、正体がバレればタダじゃすまないかもしれない。

「で、どうするの? とりあえず実家に帰る?」

 ルナは少々弱気になっていた。

「大丈夫よ! さっきはちょっとビックリしたけど、”黒いの”に見つからなきゃいいんだし!」

 サニーは無根拠な返答を返す。

「全く根拠が無いわね……」

「でも”黒いの”だし、十分やり過ごせそうだとは思うけどね。”黒いの”は人間らしく隙だらけだし」

 ”黒いの”=魔理沙は、人間らしい人間だ。
 幻想郷において人間とは「視野の狭い愚かな存在」を指すのだが、魔理沙は良くも悪くも人間の特徴に当てはまっている。
 ……まあ、そういった所も魔理沙が人を惹きつける部分であるだろうし、この館で闊歩出来る理由の一つでもあるのだろうが。

「そうそう。別荘に居る間も、積極的に悪戯を仕掛けていく相手が居るって事は良い事じゃないの!」

 サニーは、大声で主張した。

 妖精とは自然そのものであり、人間に対して悪戯を仕掛ける存在なのだ。
 幻想郷でも最弱クラスの妖精では普通の人間にすら太刀打ち出来ないが、それでも妖精達は果敢に立ち向かっていく。
 それが妖精というものである。

 ちなみに、この時サニーは自らの「姿を隠す程度の能力」が解けていて
 外から自分達の姿が丸見えだったという事に、まーったく気づいていなかった。



−−−−−


 紅魔館に唯一棲んでいる人間である咲夜は、小悪魔と一緒に廊下を歩いていた。
 魔理沙と門番が紅魔館で弾幕ごっこを始めた結果、鏡を割ってしまったとの事だ。
 咲夜は洗濯を切り上げて、鏡を修復する事にしたのだ。




「見事なまでにやってくれたわねぇ。中国」

 現場では、見事なまでに砕け散った鏡の破片が散乱していた。
 そこに集まるメイド達を掻き分けた中心には、鏡の破片が全身に突き刺さった赤毛の少女が倒れていた。
 緑色をした帽子には「龍」という文字が刻まれている。
 「龍(ドラゴン)」とは、吸血鬼の本場であるルーマニアにおいて「悪魔」の意味もある。
 つまり彼女もまた「悪魔の仲間」であるという事だ。

 この少女は恐らく魔理沙に勢い良く飛び蹴りを放ったのだろう。
 それはいいのだが、変な所に誘導されたあげく魔理沙に避けられて
 鏡に飛び蹴りをかましてしまい、そのまま全身に破片が突き刺さったと言った所か。
 人間なら致命傷である。
 そんな傷を負っても死なないのは、肉体よりも精神が資本で出来ている妖怪だからか。
 妖怪にとって肉体ダメージよりも精神ダメージの方が危険なのだ。
 とどのところ、妖怪にとって肉体ダメージは致命傷にならない。

「すみません咲夜さーん」

 名は中国と呼ばれてる。本名は「紅美鈴」と言うのだが本人以外誰も知らない。本人が隠してる訳ではない。
 そんな中国をかばうようにして、メイド達が立ちはだかる。

「咲夜さん! 中国の姐さんは悪くないんです!」

「そうです! 中国さんは自機狙いの飛び蹴りを放っただけなんです!」

「それを魔理沙が、変な所に誘導して避けたからこんな惨状になったんです!」

 メイド達は必死で、中国を弁護する。
 実を言うと、中国とメイド達は仲が良いのだ。
 中国の攻撃にもメイド達と共に迎え撃つ同時攻撃があるぐらいだ。中国の攻撃では一番避けやすい攻撃だけど。

「だったら外で迎え撃てばいいと思うんだけどねぇ……」

 ため息をついて咲夜は呟いた。
 紅魔館に高い頻度でやって来て迷惑をかけていく存在は、魔理沙ぐらいなものなのだが
 中国は、門番として魔理沙を追い払う役回りを全く期待されていなかった。
 魔理沙が普通の人間としては異常なまでに強い事もあるが、紅魔館住人の一部が魔理沙の存在を許容している節があるからである。
 そして魔理沙を許容している紅魔館住人の一部とは、この館の主人と、この館を取り仕切ってる咲夜の二人だったりするからたまらない。
 館の主人と咲夜の庇護。
 それが魔理沙が、紅魔館の内部を我が物顔で闊歩出来る理由の一つでもある。

 しかし、中国は門番の誇りとして魔理沙に日夜挑み、そして日夜返り討ちにあっている。
 かつては弾幕に取り入れた事の無かった体術を、飛び蹴りや――彩翔「飛花落葉」――などに取り入れたのも
 全ては魔理沙を追い払うための対策であるのだが、その結果窓を割ったりするので逆に怒られる事が多くなっていた。
 この前の話だが、天狗の新聞記者である射命丸文を魔理沙と見間違え、文に飛び蹴りを放って襲い掛かった事も二度ほどある。
 
「まぁいいわ。それじゃお嬢様がお帰りになられるまでに鏡の”時間”を戻しておこうかしら」

「咲夜さん。まるで大工さんみたいです」

「大工さんじゃなくて手品師」

 咲夜は生まれつき持っていたらしい「時間を操る程度の能力」による手品を好む。
 時間を戻せば壊れてしまった有機物も修復可能だし、時間を止めれば埃も舞わない。
 紅魔館に来る以前の記憶は咲夜にはほとんど無いのだが、過去の生活が余り良い物ではなかったと体が覚えている。
 だが今ではこの能力も便利な物として扱ってくれるし、能力を気にしないで付き合ってくれる人間も居る。

 咲夜にとって紅魔館のメイドは天職であり、これ以上ない生活なのである。
 

−−−−−


「でも、修復するのに時間はかかるわね」

 咲夜は、中国の飛び蹴りによって無残に散らばった鏡の破片を見て呟いた。
 これらをホウキで一箇所に集めなければ、鏡は修復出来ない。
 それに鏡を治しても、元の場所へ付け直す作業を必要とする。
 ついでに、中国に突き刺さった鏡の破片も抜かなければいけないだろうし。

「時間をかければ問題ないんじゃないんですか? ほら、咲夜さんは時間を無限に持ってますし」

 咲夜の言葉に、小悪魔は首をかしげる。

「こっちはいいのよ。問題なのは、洗濯の方だわ」

 咲夜は洗濯の作業を中断して、こっちの鏡修復の作業を優先させた。
 しかし、洗濯というのは時間を操れるから楽になる作業とはいかない。
 パチュリーの魔法によって出してもらってる汚れを落としやすい水は、時間を止めれば全く出なくなる。
 時間を操る事は、余り洗濯には効果を表さないのだ。

「ここは洗濯を他のメイドに頼むべきよね。でも昨日のパーティの片付けとか仕事も多いし、手が空いてる子は居るかしら?」

「あは。それなら私がやりますよ」

 そう言ったのは小悪魔だった。

「そう? でも貴方はパチュリー様のお手伝いが仕事でしょ? 魔理沙の後始末とか」

「それがですね。パチュリー様もなんか魔法の実験をしてるらしくて私も暇なんですよ。はい」

 小悪魔が仕えてるのは、紅魔館の頭脳であるパチュリーにである。
 パチュリーはこの館の主人の親友でもある。
 しかし、基本的に引きこもりで図書室から出てこない。
 それにパチュリーは魔女なので、何やら怪しげな実験をしたりする。
 実験の際は、小悪魔も部屋に入れない場合がある。そうなれば小悪魔も暇になる。
 ちなみに、魔法の材料を集めるのは咲夜の仕事だったりするのだが……。

「でも貴女一人じゃアレだけの量を洗濯出来ないでしょ?」

「ええ。それなら手が空いてそうな子達が居ますから、私が彼女達に教えます」

「手が空いてそうな子達?」

「ほら。三人、新入りのメイドが入ったって言ったじゃないですか」

「ああ、そういや言ってたわね」

 小悪魔は、新入りのメイドの教育もやるといってるのだ。
 普通なら咲夜がやるべき事なのだが、咲夜の仕事量はかなり多い。
 中々、メイドの教育に手を回せないのが実情だ。

「わかったわ。それじゃ頼むわね」

「はいっ」

 小悪魔は、ペコリと咲夜に頭を下げると
 すぐさま三人の新参メイドを探す事にした。



−−−−−



 こうして事態は、三妖精がメイド就職への道に向けて着々と進んでいるのだった。斜め上に。





雇用編
その7


 悪魔の住む館、紅魔館。
 その内部は無駄に広く、それでいて単調な色調のため、全体像はなかなか掴めない。
 そんな広い紅魔館で、特に理由もなく歩いている三人の妖精が居た。
 メイド服を着込んだ三妖精は、傍目から見ても招かれざるお客様だとは気づかない。
 紅魔館の住人は平和ボケしていたのだ。

「タラッタ♪ タラッタ♪」

 三人の先頭で日の妖精であるサニーミルクは、陽気に歌っていた。
 こうまで気分の切り替えが上手いのは根が単純である妖精ゆえとも言えるが、それ故に失敗も多い。

「サニーは現金ねぇ。黒いのに見つかったらヤバいんじゃないの?」

 能天気に歌っている、日の妖精をルナチャイルドは呆れて見ていた。
 宿敵であるはずの魔理沙が、紅魔館で普通に紅茶をすすっていたという衝撃をすっかり忘れているようだった。
 魔理沙には顔が知られているので、見つかればかなりヤバイ事になりかねない。三妖精は不法侵入者なのだ。

「でも、どうせ黒いのも不法侵入者でしょ。だったら大丈夫じゃないかしら」

 スターチャイルドは、楽観的に見ていた。
 気まぐれな星のように何を考えてるのかはわからないが、安定した頭の冴えを見せる。

「不法侵入者の割には、暢気に紅茶飲んでたわよ」

「いいじゃないの。メイドの足引っ掛けて紅茶ぶっかけてやったんだし」

 午前中は主人が日光に弱いせいかそれほど仕事量も多くはない訳だが、この日は昨日のパーティの後片付けもあったためそれなりに忙しい
 メイド達を尻目に、大した目的もなくうろついている三妖精であった。



 そんな彼女達に、音もなく後ろから忍び寄る影があった。


−−−−−


「ぁは。貴女達、楽しそうですね」

 三妖精の背後から、楽しげな声が投げかけられる。
 それが不意の一言で余りにも気配を見せない一言だったせいか、三妖精は必要以上に震え上がった。
 
「ね、ねえ。サニー、スター…… 何か話しかけられてない?」

 ルナは驚いて、恐る恐る後ろを振り向く。
 そこにはつい先ほど話をかけてきた、あの赤毛の小悪魔が居た。

「な、なんかさっきの小悪魔が私達に話しかけてきてるんだけど……」

「他のメイドに話しかけてるんでしょ? だって今、私達の姿が見える訳ないじゃん」

 三妖精はサニーの能力によって、姿を消していたはずだった。
 だから小悪魔が後ろに居ても、彼女に自分達の姿が見えるはずはないのだ。
 しかし……。

「いやですね。そうは言っても見え見えなんですけど」

「な、なんですってー!!!」


−−−−−


「貴方達には洗濯出動要請が出ています」

 小悪魔の唇から出た言葉は、三妖精が全く予想だにしていない台詞であった。

「昨日のパーティの片付けで色々忙しいらしいのです。そのため、新入りのメイドである貴方達にも仕事が回ってきたらしいのです」

 一人で喋っている小悪魔に聴こえないように、ひそひそ声で三妖精はこの状況についてまとめてみる事にした。

「な、なんかヤバいんじゃないの? この状況」

 ルナは不安そうだった。

「あぁ、やっぱり屋内では姿を隠す能力が発揮出来ないのよね……」

 サニーは、自らの能力の弱点について語る。
 日の光も十分に当たらない屋内では、当然光の屈折を操る事は出来ない。
 そのためか日の妖精であるサニーの能力も生かす事が出来ないのである。

「いや、問題はそこじゃないでしょ…… なんか私達メイド扱いされてない?」

 ルナは確かに「新入りのメイドである貴方達」と聞いていた。

「こそ泥なのに?」

 スターはどこかズレた返答を投げ返す。

「堂々としたこそ泥」

 サニーもズレた返答を投げ返す。


「貴方達、人の話を聞いてます?」


−−−−−


 小悪魔はむっつり怒っているようだった。
 ただの人間よりも力が弱い三妖精は、何となく身の危険を感じた。

「こうなったら…… 逃げるのよー!」

 三妖精は、小さな羽根を精一杯動かして全速力で逃げ出した。
 ちなみに別に逃げつつ戦うつもりはない。


−−−−−


「あっ、こら! 逃がしませんよ!」

 小悪魔は、黒い羽を動かして三妖精を追いかける。

「えいっ!」

 そして、密度が濃い大弾を全方向に向けて発射した。
 それは三妖精の元へと飛んで行く。


−−−−−


「う、後ろから弾が来てるわよ!」

「弾幕ごっこなんて柄じゃないのに!」

「隙間と隙間の中に入るのよ!」

 三妖精は何とか大弾と大弾の隙間に入り込みながら、逃走を続けている。

 だが、そんな余裕も与えず小悪魔は次の攻撃を仕掛けてきていた。
 いつのまにか三妖精の周りは、いつのまにか多くのクナイによって取り囲まれている。

「きゃああっ」

「な、何よこれぇ!」

 三妖精は、密度の濃い大弾と、数多くのクナイ弾によって完全に動きを封じられる。
 弾に当たったぐらいでは流石に死なないが、当たると痛い。
 しかしそれが命取りだった。

「ふにゃっ!」

 クナイを避けていたサニーは、何かにぶつかった。
 恐る恐る上を向いてみると、舌なめずりをしながら笑ってる小悪魔の顔があった。
 だが決してその眼は笑っていない。

「くすっ…… 貴方達にはお仕置きが必要みたいですねぇ……」

 それは、限りなく悪魔的な微笑みだった。



雇用編
その8




 小悪魔はサニーの背中を掴んで、自身の膝の上に持ち上げてサニーをうつぶせの状態に無理やり寝かせた。

「ななな、何すんのよ!」

 サニーは暴れて抵抗するサニーしてみせるが、小悪魔は背中からサニーを押さえつける。
 小悪魔の押さえつける力は意外に強く、華奢な妖精の腕力では到底逃れる事は出来ない。
 
「適当な理由をつけてサボる悪い子には……」

 小悪魔はサニーを左手で押さえつけつつ、右手を上へ上げる。
 そして小悪魔は、勢い良くサニーの尻を引っぱたいた。

「ひぎゃあ!」

「お仕置きです!」

 そう言って小悪魔は、平手で何度もサニーの尻をひっぱたく。
 一発一発が結構痛い。

「えーん。ルナぁ、スター…… 助けてよぉ」

 サニーは半ば涙目になりながら、仲間達に助けを求める。
 そこでサニーが目にしたのは……。

「って、あいつら逃げとるーっ!!」

 廊下を必死で逆走しているルナとスターの背中姿だった。
 残酷なルナと腹黒なスターによって、サニーは囮にされたという事だろう。
 だが、ルナとスターが逃げた事には小悪魔もまた気づいていた。

「逃がしませんよ!」

 小悪魔は膝の上に置いてあったサニーを床に放り投げて、魔法陣を遠隔操作してルナとスターの周りに設置した。
 魔法陣からはクナイが無造作に発射されるため、避けるのに精一杯となる。
 しかも遠隔操作で座標を操作出来るそれは、足止めにも有効でもあった。


 実際、ルナとスターは自分狙いの魔法陣から発射されたクナイを避けるのに精一杯で
 すぐに追ってきた小悪魔に捕まってしまった。


−−−−−


 結局、ルナとスターも小悪魔にお尻ペンペンされた。
 

 そして尻がヒリヒリ痛む中、三人は小悪魔に連れられていた。
 何をされるかはわからないが、逆らったらどっちにしても消されると妖精の本能が告げていた。


「ねえ、なんで私を見捨てたのよ……」

 サニーは、小声で自分を捨てて逃げた二人に文句を垂れる。

「ごめんごめん、後で助けに来るつもりだったのよ。今三人とも捕まったらヤバいじゃない」

 スターは、ちゃっかりそんな事を言ってのける。

「もう捕まったけどね」

 ルナはため息交じりにつぶやいた。



 そして三妖精は小悪魔と共に往く。
 洗濯場に向かって。
 三妖精の瀟洒なメイド日々は、静かに始まりを告げていた。




雇用編
その9




「まるでメイド服の山ねぇ……」

 洗濯場にたどり着いた時、スターはそう漏らした。
 そこに置いてあったのは、少なく見積もっても100着以上ある服の姿であった。
 その大半はメイド服である。
 紅魔館ではメイド長で人間の咲夜以外にも、数多くのメイドが働いており、そしてそれ以上にメイド服も紅魔館に存在するのだ。

「それで小悪魔…… さん? ちょっと質問があるんだけど」

 ルナは、恐る恐る自分達のすぐ背後に佇んでいる小悪魔に話しかける。

「はい? なんでしょう」

 小悪魔はルナに対して、微笑みを浮かべながら聞き返してきた。
 ルナには、小悪魔の微笑みが非常に不気味に見えたのだが構わずに質問を続ける。

「何でこんなにメイド服があるの?」

「さあどうなんでしょうかね」

「もしかして、これを全部掃除するの?」

「そりゃ仕事ですから」

「誰が?」

「私と貴方達です」



 三妖精は、この状況に対してどうするかを決めるべく、互いに顔を近づけて会話をし始めた。
 小悪魔に聞き取られないように小声である。

「ねえサニー。何かマジで私達メイドの仕事させられそうなんだけど」

 ルナは、この状況を作り出した根源とも言えるサニーを責めた。
 狂気の源たる月の光の妖精であるとは言え、ルナは振り回される役回りを受け持つ事が多い。

「そもそも「梅雨の季節でも雨が少ない場所を見つけた」とか「メイド服着ていれば見つかっても消されずに済む」と提案したのは、サニーだものね」

 スターは、半ば呆れ顔でサニーを見つめた。
 サニーの突っ走りの結果が、本当にメイドと勘違いされて労働させられるという現在の展開を生み出しているのは明白である。

「えっ……。で、でも大丈夫でしょ。何とか逃げ出す方法考えとくから」

 何気にサニーは三人の中で、一番頭が良かったりする。
 だが性格的に失敗の数が多いのもサニーであり、少々思慮が足りなかった。


 そしてこの瞬間も、サニーには思慮が足りなかった。


「あらあら。仕事をサボる算段ですかぁ?」


 サニーが、背後の殺気に気づいた時にはもう遅かった。
 振り向くと、先ほどまでと同じく微笑みを浮かべる小悪魔の姿があった。
 だが決定的に違うのは目が笑ってない。

「いや、これはそのね…… ひえぇー!」

 サニーの体が、自分の意思に関わらず宙へと浮き上がる。
 否、小悪魔がサニーのメイド服の襟首を掴んで持ち上げていたのだ。

「まだ反省してないようですねぇ。サボるメイドさんにはお仕置きする必要がありますねぇ」

「は、反省してるって…… ひぎゃあッ!?」

 小悪魔は平手でサニーの尻を何度も引っぱたいた。
 メイド服越しからでも、その音は乾いており、かつ大きい物だった。
 ルナとスターはさっきまで気づかなかったが、今よく見てみると、小悪魔は恍惚した表情を浮かべている。

「ほらほら反省しなきゃダメですよぉ」

「反省したから! 反省したからもう止め…… いぎゃあ!」

 気持ちよさそうな顔をしながらサニーの尻を叩く小悪魔を見て、ルナとスターは心底寒気がした。

「ルナ。 あの小悪魔に逆らったら危険よ」

「ええ、言われなくてもわかってるわ。スター」


 悪魔の住む館は恐ろしい所だった。
 そこに住む小悪魔の、底知れぬ恐ろしさを感じた三妖精は、半ば強制的に自分達がメイドとして働く事を承認した。




雇用編
その10




 サニー、スター、ルナの三妖精は、水を張った銀ダライとデコボコの洗濯板を使って、黙々と紅魔館の衣服の洗濯を行う。
 その中でも小悪魔に二回もお尻ペンペンされたサニーは、目に涙を溜めながら服を洗っていた。
 サニーの「光の屈折を操る程度の能力」を活用すれば、姿を消して小悪魔から逃げる事も可能かもしれない。
 だが屋敷の中では光が入りにくく、サニーやルナの能力も活用しにくい。
 第一、バレればまた尻をひっぱたかれる。それだけは勘弁したい所だった。

「あら。手際が良いですね」

 一緒に服洗いをしていた小悪魔が、三妖精の方を向いて感心していた。
 実際は三妖精がサボって逃げ出さないように見張ってた。というのが正しいかもしれないが……。

「まあ洗濯ならやっていたし……。でも家に居た頃よりも汚れが落ちやすい気がするけど」

 三妖精は森の木の家に住んでいた頃から、洗濯などの家事は自分達でやっていた。
 だがルナはこの館での洗濯は、衣服の数こそ多いけれども、服の汚れは落ちやすく水の温度も熱すぎず冷たすぎない丁度良い物であり、全体的に仕事は楽なようにも思った。
 サニーやスターもまた同じ感想を抱いているだろう。

「ここの水はパチュリー様が出してくれている”汚れが落ちやすい水”ですからね」

「パチュリー様? 誰それ」

「ああ。そういえば貴方達新入りなんでしたね。だったらいい機会なんで紅魔館の説明でもしておきます」

 小悪魔は、衣服を洗濯する手を休めないまま話し始めた。


−−−−−


 紅魔館の主人であるレミリアの事。
 その妹であるフランドールの事。
 紅魔館の顔で、紅魔館に住む唯一の人間のメイドである咲夜の事。
 門番を勤めており、メイド達と仲が良い中国の事。本名は小悪魔も知らない。
 レミリアの友人で小悪魔の主人でもある魔女のパチュリーの事。

 そして紅魔館の周りに雨を降らないのも、洗濯に使う水を出してくれているのもパチュリーのおかげであるという事。
 今、洗濯に使っているのはパチュリーの魔法で汚れが落ちにくく、温度も丁度良いような水らしい。

 また紅魔館の周りに雨が降らないようにしているのは、吸血鬼は雨に弱いせいである。
 レミリアも雨は嫌いである。
 だからパチュリーは、魔法で紅魔館の周りだけは雨が降らないようにしたらしい。
 三妖精が紅魔館で働かされる原因になったのは、パチュリーであるとも言える。


 基本的にはレミリア、咲夜、パチュリーの三人に逆らう事はタブーとなっている。
 レミリアやパチュリーは悪魔の一種で強大な魔力を持っているし、咲夜はもはや妖怪と大差ない人間である。
 過去に「人間にメイド長の座なんぞ明け渡せるか」と言って咲夜に喧嘩を売ったメイドも、10人程居るのだが
 ことごとく返り討ちにあっており、咲夜は部下のメイド達に畏怖されながら紅魔館を取り仕切っていたりする。


−−−−−


 そして最後に小悪魔はこう付け加えた。

「あとメイドの仕事は、昼寝・休日・有給無しですから。出るのは制服と3食だけ。給金もないです」

「マジッ!?」


 昼寝・休日・有給無し。飯だけ食わせてもらってタダ働き。
 そして三妖精の嘆きの悲鳴が、悪魔の館に響き渡るのであった。


番外編 霧雨魔理沙という泥棒



 霧雨魔理沙は普通の少女だった。
 博麗霊夢や八意永琳のような「天才」でもなく
 魂魄妖夢や上白沢慧音のように「半人」でもなければ
 十六夜咲夜や蓬莱山輝夜のように「異能力者」でもない。
 少々捻くれただけの魔法が使える人間でしかないのである。



 魔理沙にとって幸運だったのは、師に恵まれた事である。
 実家では魔理沙の親、それに住み込みで働いていた森近霖之助などから魔法を教えてくれたし
 霧雨の実家から勘当された後も、博麗神社の悪霊・魅魔により実践的な魔法を教わった。
 そして魅魔の得意魔法であった「オーレリーズサン」を不完全ながら、極僅かな期間で習得したのだ。
 その時、魅魔が魔理沙に言った言葉はこういうものであった。



「魔理沙。あんたは最高の”技泥棒”だよ」



 その後魅魔に引きずられるようにして魔理沙は、習得したばかりの「オーレリーズサン」を引っさげて博麗霊夢と決闘した(遊んだとも言う)。
 その結果、魅魔もろとも霊夢の前に敗北を喫した。
 霊夢に負けた魔理沙は、その当時はまだ未熟であった霊夢に稽古をつけながら、更に自らの技を磨き続けた。



 その後、魔理沙は風見幽香との決闘(ジャレあい)に挑む。
 その際に幽香が使用した極太レーザーを喰らって、その余りの威力に惚れこむ。
 幽香の極太レーザーを改良したのが、マスタースパークである。恋符である。パクリスペルカードである。


 余談だが魔理沙はその後、魔界人であるアリス・マーガトロイドとも決闘(遊び)を行っていた。
 その際、アリスが使用した「究極の魔法」なのだが、その魔道書は人間にとって、とても使えそうにないシロモノであったため使用は諦めた。
 そもそも「弾幕はパワー」を信条とする魔理沙と「弾幕はブレイン」を信条とするアリスでは、コンビを組むのならともかく、戦闘スタイルの方向性が違うのも無理はない話なのだろう。
 その後、アリスは幻想郷に住み着くのだがそれは別の話。


 さて幽香の極太レーザーを改良した「マスタースパーク」を引っさげて紅霧の異変に立ち向かう。
 「マスタースパーク」の威力は絶大で、紅魔館の住人の大半を消し飛ばすには十分すぎるほどであった。
 そして異変が終わった後、紅魔館の主人であるレミリアと、紅魔館の顔である咲夜に気に入られる事になる。
 魔理沙が遊びに行く(迷惑かけに行く)場所のバリエーションに「神社」「香霖んち」の他「紅魔館」が追加される事になる。
 余談だが「幽々子んち」に遊びに行ったら速攻で妖夢と幽々子に追い出された。
 「永遠亭」は輝夜が居る時に遊びに行けば茶を出してくれるけども、輝夜が外へ出てる時は鈴仙に全力で追い返される。
 「紫んち」は魔理沙にしてみれば遊びに行きたくないらしい。というか魔理沙は紫と関わり合いになりたくない。



 それはともかく、魔理沙は紅魔館に入り浸る事になった。
 何故魔理沙は、ここまで紅魔館にこだわるのだろうか。
 その理由は、紅魔館の図書館にある大量の魔道書を持ってくためである。


 種族が「魔女」「魔法使い」である者達が魔法を学ぶのと
 人間が「魔法使い」を職業にして魔法を学ぶのとでは意味合いが違う。

 「魔女」であるパチュリーは、元々が悪魔の仲間であるし
 「魔法使い」であるアリスは、魔界の神・神綺の娘の一人である。
 元々長生きしているし、そもそも魔力量のケタが違う。
 「人妖」の霖之助や「悪霊」の魅魔も、魔理沙よりも長生きしている分だけ知識量も多い。
 まあ魅魔は「長生き」というより「長死に」という感じではあるが

 だが「人間」である魔理沙には、そもそものアドバンテージが違う。
 何よりも魔理沙は「普通の少女」であるのだ。
 天才でも異能力者でも半分が人外でもない。

 魔理沙が知識を得るには魔道書を手に入れて自ら勉強するしか道はないのだ。
 だからこそ魔理沙は魔道書を盗まなければならない。
 紅魔館に飽きずに泥棒へ入り、中国の蹴りを避けながら魔道書をかっぱらっていくのも
 全ては魔道書から知識を得るためなのだ。


 そんな魔理沙も、今までは自分が泥棒である事を認めなかったのに
 何故か最近になって「私は泥棒だぜ」とうそぶきながら紅魔館や香霖堂に姿を現している。
 その理由が閻魔様の説教にあるという事は魔理沙本人しかわからない。

 だが魔理沙には「自分が泥棒である」という事に誇りを持てるようになった。


「私こそが幻想郷最大の大泥棒だぜ。霊夢も香霖から物を持ってく辺り泥棒だが、嘘つきだから認めないしな」

「霖之助さんの所から物を盗む? 店に落ちてるだけじゃない。落ちてる物を拾って何が悪いのよ。魔理沙だって拾い物してるじゃないの」


 泥棒仲間である霊夢を相手にそんな日常会話をしている、ある昼下がり。
 魔理沙はある噂を耳にした。


 「妖精一の窃盗団が存在するらしい」


 その妖精の窃盗団の手腕は凄まじく、隕石やら大卵やらを盗んだりしているらしい。
 手際も痕跡を残さず、結構迷惑らしい。


「そんな連中が居るなら決闘してみたいぜ」


 魔理沙は泥棒として、その妖精の窃盗団に挑んでみたいと思った。
 「幻想郷一の大泥棒」の座を手に入れてみたくなった。


 そして、その「妖精一の窃盗団」というのが
 サニーミルク・スターサファイア・ルナチャイルドの光の三妖精だという事を魔理沙が知るのは
 次に激突した時の話である。

天下一泥棒決定戦へ続く


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