沙夜ちゃんが巫女になってから、しばらくの時間が経ちました。
 それは妖怪にとってはとてもとても短い時間でしたが、沙夜ちゃんにしてみればとてもとても長い時間でした。

 沙夜ちゃんは山の仙人様によって厳しい稽古をつけられました。
 それはつらく厳しい日々でした。

 ですが巫女としての暮らしはそう悪い物ではありませんでした。
 この場所「幻想郷」での暮らしは質素ですが、それなりに裕福だったからです。
 沙夜ちゃんは見る見るうちに大きくなり、巫女としての技術を身につけ、そしてお酒が飲めるようになりました。

 仙人様の修行が完了すれば「博麗の巫女」として免許皆伝を受ける事になります。
 そうなれば幻想郷の平和を悪い妖怪から守る正義の巫女となるのです。
 沙夜ちゃんはその日の為に修行を積んできました。

 来る日も来る日も修行に明け暮れ、そして遂に仙人様が見守る中で「博麗の巫女」としての試験に臨む日が来ました。

「それでは沙夜。準備はいいですか」

「はい。華仙様」

 沙夜ちゃんは仙人・茨華仙に向きあいました。

「まずは『夢想封印』の秘技を」

「はい、華仙様……」

 『夢想封印』とは博麗の巫女に代々伝わる奥義でした。
 この奥義を持ってして博麗の巫女は悪い妖怪を封印するのです。

 「夢想封印 侘」沙夜ちゃんは夢想封印の力を一つの萃めます。それは侘び。

 「夢想封印 寂」そして萃めた力を放ちます。それは寂び

 夢想封印の中でも極意とされる「侘び」と「寂び」の技術を、沙夜ちゃんはしっかりと身につけていました。
 これも長い修行のおかげです。
 仙人の華仙様は満足そうに言いました。

「それが夢想封印の侘び寂びです。鬼の四天王が一人、酒呑童子が操る密と疎に近い能力ですよ」

 それから沙夜ちゃんは華仙に向けて、今まで身に付けてきた様々な技術を披露しました。

 『二重結界』『封魔陣』など『夢想封印』と比類する博麗奥義。
 そして『昇天脚』『博麗アミュレット』などの基礎技術を使った演舞も見事にこなしていきました。
 沙夜ちゃんは優秀な巫女だったのです。

 ですが優秀な沙夜ちゃんにも一つだけ出来ない事がありました。

「では最後に空を飛ぶ術を」

「は、はい……」

 華仙に言われて沙夜ちゃんは空を飛ぼうとします。
 この幻想郷には失われた魔術や仙術などが漂着します。
 妖怪の大半は空を飛ぶ事が出来ますが、それは人間にも使える術でした。

 沙夜ちゃんも当然、空を飛ぶ術を修練してきました。
 ですが……。

「それっ!」

 沙夜ちゃんは勢いよく神社の階段から飛び降りました。
 そして両手を広げてふよふよと浮きます。
 ですが沙夜ちゃんの態勢はふらふらと揺れていて、とてもじゃないですが安定してるようには見えません。

「きゃっ!」

 そして沙夜ちゃんはふとした弾みから堕落してしまいました。
 結界で防御していたので大事には至りませんでした。
 ですが沙夜ちゃんが空を飛ぶ事は出来なかったのは変わりません。
 どれだけ巫女の修行を積んでも沙夜ちゃんは空を飛ぶ巫女にはなれませんでした。

「大丈夫ですか、沙夜」

 華仙はそんな沙夜ちゃんを見降ろして心配をします。
 沙夜ちゃんには空を飛ぶ才能が無かったのです。

「至らぬ身で申し訳ません華仙様」

「まあ仕方ないでしょう。今まで何度も説教してきましたが、あなたは空を飛ぶ事は出来なかった。人間である以上、仕方ない事です」

 ですが華仙は次にこう付け加えました。

「ですが、飛行術を除けば貴女の巫女としての技術はほぼ完璧です。ただし条件があります」

「条件とは?」

「魔法の森の奥地にある玄武の沢に趣き、そこに住んでいる玄爺という名の妖怪亀を生け捕りにして来れば博麗の巫女として認めましょう。その後、大天狗に報告しましょう」

 玄爺と呼ばれる妖怪亀を捕獲する。
 それは華仙が課した最終試験でした。
 それを乗り越えれば沙夜ちゃんは晴れて巫女になるのです。

「分かりました、華仙様。沙夜は今からその玄爺を捕獲してきます」

「一つ言っておきます。殺してはなりませんよ。勿論、封印もダメです」

「はい」

 そして飛べない沙夜ちゃんは走って、下界へ降りて行ったのです。


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