大覇星祭、それは学園都市の体育祭。
 勿論、佐天も無能力者の身でありながら参加していた。

「はいインちゃん。フランクフルトとりんご飴と焼きそばといちごおでんを買って来たわよ〜」

「わ〜い。るいこ大好き〜」

 だが佐天がやってる事と言えばインデックスの食欲を満たす事だけである。
 何故、佐天がインデックスにここまで執着するのかというとインデックスが「イカのような娘」に似てるせいだ。
 そのイカのような娘だって海の家でバイトはしているが、インデックスはニートである。
 それでも佐天はインデックスの世話を続ける。可愛いからだ。

「それにしてもインちゃん可愛いわぁ」

 インデックスはいつもの白い修道服ではなくチアガール姿に着替えていた。

「うん、こもえが応援するならこれに着替えてって言ったの」

「流石はちびっこ先生。なかなかいい趣味してるよねぇ」

「でもその間にとうまがセクハラしてきたんだよ」

「上条さんマジむかつくんですけど!」

 普段の上条当麻は「不幸だけど超硬派」を気どってるらしい。
 しかしそう思ってるのは上条だけで他の誰もそう思ってくれない。
 ただの説教臭い中二病に見えるのは気のせい。上条さんだから仕方ないね。

「でも私は大人だから、もうとうまには噛みつかないんだよ」

 そういうインデックスは全くの子供なのだが。

「わ〜。上条さんの説教を受け入れるインちゃんまじ半端ないわぁ〜」

「でしょ〜」

 何故か胸を張るインデックス。だがインデックスに胸など無い。


 そこにインデックスと佐天にとって見知った顔が通った。

「あ、短髪だ」

 それは常盤台のエース(黒子曰く)の御坂美琴だった。
 なので佐天は手を振りながら美琴を呼んでみる事にした。

「お〜い御坂さ〜ん。上条さんの学校の競技ならあっちですよ〜」

 すると美琴は顔を真っ赤にしながら佐天とインデックスの元まで駆け足でやってきた。

「佐天さん……勘違いすんじゃないわよ。私はあの馬鹿と賭けをしてる最中なのよ」

「賭け?なんのですか?」

「勝った方が負けた方に罰ゲームを言い渡すのよ。常盤台がちんけな高校に負けるはずないけど、あの馬鹿だから油断出来ないわね」

「勝ったら上条さんと結婚するんですか?」

 そう言う佐天は真顔だった。
 インデックスは飯に食らいつくのが精一杯で話を聞いてなかったのが幸いだ。
 だが美琴はバチバチ言いながら頭がショートしそうな勢いだった。実際、本当に脳の回路が焼けつきかねない。

「ち、違うわよ!何言ってんのよ佐天さん……」

「ぶっちゃけ上条さんが結婚したらインちゃんが余るのでそっちの方がいいかな〜と」

「それ佐天さんの都合じゃん!」

 間違いなく美琴は上条に惚れてる。
 これはアホのように鈍感な上条本人と、妙な所でプライドの高さを捨てきれない美琴本人を除けばみんな分かりきってる事だ。
 ただそのデレが美琴の「弱点」となりつつあった。
 先日の「喧嘩」で佐天が美琴と相討ちに追い込んだのも、その弱点を突いたからだ。
 佐天は美琴の弱点を弄る事にしたのである。レベルなんて関係ないのだ。

 一方、インデックス本人は佐天が買ってくれた食料を全て平らげていた。

「わ〜い。おいしかった〜。るいこ〜。もっと食べたい〜」

「インちゃん可愛いわぁ……」

 美琴はふと我に帰って佐天の事を考えてみた。
 最近の佐天はどこか頭のネジが外れている。
 その元凶はこの白いシスターにある。

 そしてインデックスの延長線に居るあのバカ・上条当麻の存在もそうだ。
 上条によって佐天は変わってしまったのかもしれない。

 それが良い事か悪い事か美琴には判別つかない。
 超能力者ならまだしも佐天のような無能力者が上条のまねごとをすべきではない、という傲慢のような思いこみも美琴にはまだある。
 それでも不思議と美琴は佐天の変化をそれなりに受け入れられていた。

「(……こういう佐天さんもこれはこれでいいかもね)」

 上条の影響を受ける事の良し悪しは美琴には分からない。
 だがそのおかげで美琴は佐天と真正面から向き合えたのもまた事実ではある。
 上条が居なければ成り立たない程度の友情だったのか。それも美琴には分からない。

 ただ美琴も佐天も上条もインデックスも「学園都市」という箱庭に住んでいるのは同じだ。
 あの実験のせいで昔ほど学園都市を信じられない美琴ではあるが、この巡り合わせは否定するつもりはなかった。

 美琴が物思いにふけってる時、佐天はインデックスに頬ずりしていた。
 佐天のその姿を見てどこかの後輩テレポーターを思い出し、ちょっと疑問に思ったそんなときである。

「どこかにほっつき歩いていたと思ったらこんな所に居た様ね、佐天ちゃん」

 巨乳の女子高生が佐天の所に寄って来た。

「げ、吹寄さん!」

 吹寄と呼ばれた巨乳少女は、佐天に頬ずりされるインデックスを見やると溜息をついた。

「全く……佐天ちゃんといい上条当麻といい、”イン娘”を甘やかしすぎよ」

「むう。るいこ!このやたら型物そうな女はなに!?」

 吹寄はインデックスの事を知ってるようだが、逆にインデックスは知らないようだ。
 佐天はインデックスと美琴に、吹寄の事を紹介する。

「この人は吹寄制理さん。大覇星祭の実行委員の人」

「佐天ちゃんも実行委員でしょう」

 佐天は大覇星祭の実行委員として違う学校の生徒達と共に協力していたはずだった。
 でもサボっていたので吹寄が連れ戻しに来たというわけだ。

「ぬう……お腹すいたんだよ!満たされないんだよ!」

 だがインデックスは佐天に喰らいついて離さない。
 だが吹寄はそのインデックスの目線まで腰を落として、しっかりとその眼を見て問いかける。

「あのねイン娘。上条当麻も佐天ちゃんも小萌先生もみんな大覇星祭を成功させる為に頑張ってるの」

「うん。だから私も応援してるんだよ!」

「それは偉いな。でも、だからこそ大人にならなきゃダメよ。上条当麻は甘やかしてるようだけど、いざという時に叱ってやる人が居ないと一人ぼっちになっちゃうからね」

 初対面ではあるはずだが吹寄の視線は本当にインデックスを思いやった物だった。


〜〜〜〜〜


 吹寄もエンゼルフォールの後遺症の際、相沢栄子という少女と精神が入れ変わっていた。
 その栄子という少女は「イカのような娘」と家族になった人物の一人であり、姉代わりとして時にイカのような娘に突っ込みを入れたりしていた。
 その後遺症で吹寄もインデックスを放っておけないのだろう。


〜〜〜〜〜

 事実、インデックスは周囲の人から甘やかされていた事を少しだけ自覚する。

「うん。私のせいで、とうまが飢えてたかも……せいりのおかげで気付いたかも」

 インデックスも本質的には慈悲深い少女なのだ。
 上条に「噛みつく奴は子供」という説教を受けた理由も少しは分かる……はずである。

「ああ、それでいい」

 確実に『一般人』である吹寄も、またエンゼルフォールの犠牲者と言えるのかもしれない。
 だがそれが必ずしも不幸とは限らないのかもしれない。

 そこでその話題を断ち切るかのように、美琴が吹寄に対して抱いた疑問を放つ。

「吹寄……さん?上条当麻って言ってましたけど、あのバカと知り合いなんですか?」

 美琴の疑問とは吹寄が上条の存在を知ってる事についてだった。
 それだけ上条が今の美琴にとっての優先順位が高い存在であるとも言えるが。

 その美琴の疑問に答えたのは佐天だった。

「ああ、吹寄さんは上条さんと同じ高校の人なんです。というかクラスメイトだったかな」

「へー……そうなの……」

 美琴は吹寄の存在にちょっといたたまれない気持ちを感じていた。
 だがそんな美琴の心理を見抜いたのか、佐天は美琴にだけ聞こえる声で耳打ちした。

「こんな噂を知ってますか」

「何よ……噂なんて今はどうでも……」

「吹寄さんはカミジョー属性完全ガードを保有した鉄壁の女らしいですよ」

「えっ?カミジョー属性ってなによ?」

「上条さんの建てたフラグです。御坂さんはカミジョー属性の犠牲者ですね」

「だから違うっつーの……何言ってんのよ佐天さん」

 ともかく吹寄は上条との恋愛フラグに突入する事はないらしい。
 それは吹寄の「能力」なのかもしれない……がそれはどうでもいい。

「さて、仕事を手伝ってもらうわよ佐天ちゃん。今日のナイトパレードまで時間がないからね」

 佐天は吹寄に首根っこ掴まれて連れ去られていく。

「あ〜ん。インちゃ〜ん」

 美琴とインデックスは、吹寄に連れ去られて行く佐天を見送っていた。

「佐天さん変わったわね……」

 美琴はふとそう漏らすがインデックスは首を傾げてから呟く。

「そうかな?るいこは元からああいう人だったと思うんだよ。短髪が気づいてなかっただけなんじゃない?」

「……そうかもしれない」

 無能力者であるコンプレックスからレベルアッパーに手を出してしまった佐天。
 だがそれ以降の佐天を見てると、彼女には人を纏め上げる力があったのかもしれないとも思う。
 テレスティーナに立ち向かった時も、結標との戦いを止めようとしたのも、佐天の人材マネジメントが少なからず影響していた。
 それは美琴はおろか上条にすら無いスキルと言えるかもしれない。

 変わらない物なんてない。
 もしかしたら美琴の方が佐天に置いて行かれてるのかもしれない。

「でも……手を伸ばせば届くわよね」

 美琴にとって最も身近な無能力者は上条ではなくて佐天なのだ。
 レムナントを巡った一件の時のように、佐天をもう少し信頼しても良いのかもしれないと美琴は思った。

「あ、とうまがせいりにラッキースケベしてるんだよ」

 惚けていた美琴を現実へ引き戻したのは、横に居たインデックスだった。
 よく見ると離れてない所で、あの特徴的なウニ頭が吹寄の胸部にもたれかかっているのが見えた。
 多分、不幸(本人談)なのだろう。

「何やってんのよ、あいつは……っ!」

 とりあえず上条の元へ駆け寄る事にしてみた。

――ほら、手を伸ばせば届く。

 本当はどこか遠くへ行きそうなのに。

「ご、誤解ですよ。吹寄……上条さんは不幸なだけですよ!」

「また貴様か……。一体、何度セクハラすれば気が済むんだ!私の着替えを覗くわ、業者のお姉さんにセクハラするわ!」

「キモ……インちゃんと同居しておきながら絶倫なんですね、上条さん」

「佐天も上条さんを冷たい目で見ないでくれ!」

 上条がセクハラをするのは割といつものことだ。
 上条本人はそれを不幸と言いきってるが、本人がそう思ってるのならそうなんだろう。
 吹寄と佐天が上条を問い詰める修羅場に、美琴とインデックスが踏み込んできたのはそんなに時間がかからなかった。

「何やってんのよ、あんたは……」

「違う、誤解だ!上条さんは超硬派に生きていたいんだが不幸だからそれもままならないだけだ!くっ、静まれ。俺の幻想殺し!」

「都合の良い時だけ中二病ぶんな、このバカァ!」

「げふっ!」

 美琴のハイキックが上条に炸裂する。
 だが弾き飛ばされた上条はさらなる不幸(上条主観)を引き起こす。

「っ!」

―――上条の手は佐天の胸元をしっかりと揉みしだいていた。

「あんた……とうとう佐天さんまで……」

 美琴は目の前で妹が惨殺された時のような表情を浮かべて上条を見下ろす。

「ち、違う……誤解だ。いや不幸だ……ていうかお前のせいじゃねえかっ!」

「人のせいにすんな、貴様!」

「うわ〜ん。るいこがとうまに汚された〜!」

 遂に上条の魔の手が佐天にまで伸びてしまった。
 だが今にも殴りかかりそうな美琴と吹寄を尻目に、佐天本人は無表情で携帯を取りだして電話をかける。

「……あ、初春?変質者に襲われた」

「ちょっ!女尊男卑は卑怯だぞ!」

「うるさいですよ。13歳のシスターを殴っといて、まだ言いますか」

 最近の日本は女尊男卑が多くて嫌になる。
 が、上条がどんだけ男女平等に容赦なかろうが関係ない。
 とりあえずこれも学園都市の腐敗なのだ。

「ふ、不幸だ〜!」

 その後、逮捕はされなかったが黒子にビンタされた。
 説教しない上条なんてこんなもんである。


 〜〜〜〜〜


 表面的には平和に見える学園都市の大覇星祭。
 だが『魔術』の住人は大覇星祭を巡った攻防が繰り広げられようとしていた。
 やって来るローマ正教の刺客。
 同時に、イギリス清教のローラ・スチュアートもまた動き出していた。

「佐天涙子という能力者を知ってろうけりかしら?」

 ローラは「イカのような」変な被り物をして問いただしてきた。
 何が変かというとオカメというかオタフクというか、なんというかキモいのである。
 ぶっちゃけニセイカ娘なのである。年齢はさておき黙ってりゃ美人なのだが……。

「はい、涙子ちゃんなら知ってます。幻想殺しの上条さんと同じレベル0の子ですよね」

 ローラに呼び出されたのは天草式の五和だった。
 以前の法の書事件でイギリス清教に組みこまれたのである。
 その際、五和は佐天という少女と出会い、行動を共にしていた。

「その涙子という能力者がちょっと『プラン』から外れた行動を取ったとかなんとけけりにて、なんか面倒臭い事になってるらしいことよね〜」

「つまりどうしろと仰るのですか……」

 真剣な面持ちで問いただす五和に、ローラは女狐の笑みを浮かべてこう言った。

「学園都市……行きたくないかしら〜?」

「っ!」

 正直、今の五和は……いや今は天草式の全員が学園都市へ赴きたいと考えていた。
 理由はローマ正教のリドヴィアが持ち込んだ「刺突杭剣(スタブソード)」にある。
 聖人を一突きに殺せる霊装。そんな物が実在するかはさておき、今、ステイルや土御門はそれを破壊すべく学園都市へ赴いている。
 だが彼ら以上に「スタブソード」を破壊したいのは天草式なのだ。

 天草式のメンバーは聖人の神崎火織を今でも信奉している。
 そんな天草式にとって「スタブソード」などあってはならない。
 それに聖人を簡単に崩せる霊装など、天草式が必死で行って来た切り札を否定するかのような物だ。

 本来、スタブソードの破壊任務なら天草式が行きたい所だが、ローラはステイルのみを派遣するだけだった。
 まがりなりにも組織のトップの命令である以上、その意図がどうであれ動けないのも仕方ない。
 五和達には上条達を信じることしか出来ないはず……だった。

「なぜ、今更になってスタブソード破壊任務を?」

 五和はその疑問をぶつけようとしたが、ローラは首を振る。

「勘違いしてはならぬのよ。お前の任務はあくまで佐天涙子の護衛ぞなもしよ」

「涙子ちゃんの護衛……ですか?」

「そう。彼女は能力者でありながら魔術師を殴り飛ばした。そういう事なのよ」

 佐天は以前シスター・アンジェレネを殴り飛ばしている。
 だが魔術と科学の交差は出来るだけ控えなければならない。

 ローラが言ってるのはこうだ。
 五和は学園都市へ派遣する。だがスタブソードの事は上条・ステイル・土御門に任せて、五和は涙子を護衛しろというのだ。
 それは天草式へローラが仕向けた一種の踏み絵なのかもしれない。忠義を尽くすなら命令に従えと。
 だが好都合だ。「踏み絵」を誤魔化す程、天草式にふさわしい任務はない。

 それに仮に佐天が誰かの護衛を必要とする状況に置かれているのなら……天草式の教義上、手を差し伸べない訳にはいかない。

「わかりました。では涙子ちゃん護衛の任務のため学園都市へ赴きます」

 運命の歯車は佐天涙子という少女を巻き込み始め、少しずつ狂い始めてきた。
 それが「不幸」なのかは未だ誰にも分からない。



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