これまでのあらすじ
上条当麻は魔術師・闇咲に手を貸すべく、インデックスを放置して学園都市の外までちょっくら行って来た。
その後、上条が帰ってきたら謎の女子中学生に金属バッドで殴られた。
彼女は佐天涙子だった。一体なんのために……。
数日後、御坂美琴は佐天が病的なまでにインデックスを愛でる事を知る。
それはインデックスが「イカ娘」なる存在に似てるかららしい。
自らの衝動に戸惑う佐天だったが、通りすがりの上条によって「佐天とインデックスが仲良くしてはいけない」というその幻想をぶち殺された。
第2話A 学園都市を出よう!
佐天が上条に説教された翌日。
「ふんふんふーんふーん。インちゃんに好かれたい……」
佐天は寝ても覚めてもインデックスの事ばかり考えてた時。
「はっ! あ、あれは!?」
イン娘が赤い髪の神父に拉致されて学園都市の外へ連れていかれる光景を目にしたのである。
「私のインちゃんをどこに連れて行く気!?確かにインちゃんは可愛いから連れて行きたい気持ちは分かるわ。でも未成年略取は犯罪よ!」
「僕は14歳だけど?」
「え……えー!?」
謎の赤い神父(ステイル)から告げられる驚愕の真実。
彼は14歳で御坂美琴と同年齢だった!でもどう見てもそうじゃない。タバコ吸ってるし。
佐天は自称14歳のステイルと向きあい続けていた。
喫煙の有無は問題ではない。むしろ彼が背負ったインデックスの方が問題である。
「一体、インちゃんをどこへ連れて行く気ですか……?」
「学園都市の外……だけど?」
「一体何の為に!?」
「君には関係ないだろう」
あくまで白を切るステイルに対して、佐天は脅えから来る震えを抑えながら鞄を漁ろうとした。
治安の悪い学園都市を歩く上で佐天は自衛用の金属バットを常備する事にしていたのだ。
しかし素人の隙をステイルは見逃すはずもない。
溜息を付きながら彼は摂氏3千度にもなる炎剣を呼ぶ。
「ひっ……」
アスファルトをジリジリと溶かすほどの炎剣に思わず佐天は脅える。
「パ……発火能力者(パイロキネシスト)?」
「いや魔術さ。科学側の一般人には分からんかもしれないけどね」
ステイルは自分から佐天に危害を加えるつもりはないようだが、佐天から攻撃されたらすぐに迎撃するだろう。
そうしたら金属バットなど熱でドロドロ溶けてしまう。
そう言えば以前いつものファミレスでの集合の際に黒子が「学園都市の外でも能力開発が行われてるみたいですの」と言っていた。
黒子も外から来たテロリストの物質を操る能力で襲われたのだ。恐らくこの赤い神父も外から来た能力者なのか。
「はあ……まあいいだろう。説明するのも面倒臭いが、かといってそれを怠って無用な争いになるのも避けたい所だ。それに人払いのルーンをしているにも関わらず入ってくる所も気になる」
「え?」
「周りに誰も居ないだろう。ここに入って来れるのは魔術しか、あの上条当麻くらいなものさ」
佐天はいまいち分かっていないが、ステイルは「人払いのルーン」を使って出来るだけ学園都市の住人に出会わないようにしている。
彼は一応不法侵入なので、出来る限り迷惑ごとを避けたい。
だから彼と同じ魔術者や、あるいは「幻想殺し」でもなければステイルと出くわす事もない。
では佐天は? 何故、佐天は人払いのルーンを無効化出来るのか。
「あ……あたしはただの無能力者ですよ?上条さんのような”天災”でもないですし!」
「彼のようなデタラメな能力を持った奴が何人も居てたまるか。僕が言いたいのは君が能力開発を受けた科学側の人間だという事さ。その点だけ掻い摘めば君も上条当麻も大差ないように見えるけどね。僕には」
佐天はおぼろげに見えてきた。この赤い神父は明らかに学園都市とは違う常識に生きてる人間だ。
そうでなければレベル5を屈服させたという噂もある上条当麻と、ただの無能力者である自分を同一視する訳がないのだ。
だがそれ以上に分かる事がある。この男はロリコン臭いという事だ。
「でもインちゃんを連れて行くのは許しません!」
「だからさー。それも大人の事情なんだって」
佐天とステイルの口論。
だがそれを受けてステイルの背で寝ていたインデックスが目を覚ます
「んあ?おなかすいたんだよ、とうま」
「インちゃん!」
インデックスは寝ぼけ眼だったがすぐに状況を呑みこむ。
「あー!まいかに酷いことしたら許さないかも!勿論るいこにも!」
インデックスが必死にステイルの後頭部に齧りつくが、ステイルはその上で弁解する。
「いてて。安心しなよ。あのメイドの子には上条当麻への伝言を残しただけで危害は加えてないし、そこの子にも何もしてないさ」
「イ……インちゃん。そこの人の知り合いなの?」
佐天は恐る恐るインデックスに聞く。
「まあ私と同じイギリス清教のメンバーで、なんだか知らない内にとうまの仲間になってるから敵じゃないとは思うんだよ」
「彼の仲間……ねぇ」
ステイルは自分が上条の仲間として扱われる事に思う事があるようだ。
というのもインデックスは覚えてないが、むしろステイルも神裂も”インデックスの仲間だった”のが正解なのだ。
でも今のインデックスは二人を「上条の仲間」と間接的な条件で認めてるに過ぎない。
そうなってるのも最大主教ローラ・スチュアートの策略だったのだが……。
そんな過去を振り切ってステイルはインデックスに、何故拉致したのかを状況を掻い摘んで説明する。
「ローマ正教のシスター・オルソラが法の書を解読した。それを狙って天草式十字凄教がオルソラを拉致した。そこで君の出番だ」
「ふーん。法の書を解読出来るシスターが居るとは思えないけど、その人をとうまに助けて欲しいと」
インデックスはぺらぺらしゃべるが、佐天には状況が掴めない。
「つまりどういう事なの。インちゃん」
「分かりやすく言えば”法の書”っていう魔道書のせいで世界が危ないんだよ」
「せ、世界!?」
「大丈夫だよ。それは魔術サイドにとって厄介な代物ってだけで学園都市には悪影響が無いから。多分」
その「法の書」を佐天は科学的な解釈で「核」とかそういう感じのものだろうか。
核だって世界を滅ぼしかねない。
でも核だってあの「超電磁砲」の御坂であれば核を数発撃たれた所で撃ち落とす事だって出来るはずだ。レベル5であれば……。
「だ……だったら御坂さんを呼びましょうよ!あの人だったら」
「はっ。短髪なんか連れてきても無駄だよ。どうせ何も分かりゃしないし」
なんとインデックスは美琴の能力を一蹴する。」
名目上は「恋仇」という事になるはずだから、その対抗心でもあるのだろうがそれだけではなくて本当に侮ってるようにも見える。
「インちゃんは御坂さんの強さを知らないからそんな事言えるんだよ」
「強いって言ったってねぇ。まいかから聞いたけど短髪は学園都市に7人しか居ないレベルファイブがどうとかだっけ?」
「それだけ少ないんだよ!?」
「じゃあ聖人がどれだけいるか知ってる?20人だよ、20人」
「せ、聖人……?」
聞きなれぬ単語にたじろく佐天。
「つまり聖人ってのは私達(魔術側)におけるレベル5みたいなものだね。勿論20人だけじゃないよ。英国の騎士団長になると並の聖人に匹敵するかそれ以上って話だし」
佐天にはインデックスの言ってる事は良く分からない。だがもしその「聖人」とやらがレベル5に匹敵するとしたら……。
つまり外の世界ではレベル5に匹敵する実力を持った能力者が7人どころじゃない程居るということだ。
ネットで見た「最強の能力者を打ち破った幻想殺し」なんてレベルではない。
学園都市の外では自分達の知らない常識があるのかもしれない。
「で、インちゃん達は何をするの?」
「うーん。その”法の書”を解読するシスターさんを天草式から取り返す事になるね。でもその天草式の元リーダーはあの聖人だっけ。もしかしたら戦わなきゃならないかも」
「いや神裂は土御門元春が抑えてくれてるから戦う事はないだろう。多分ね」
この人たちが何を言ってるのか、佐天にはよくわからない。
しかしどうも”神裂”という人はその聖人らしいのだ。
「まあなんだ。君の友達の能力者が聖人に匹敵するすごい存在だというのは分かった。しかし学園都市でスパイをやってる僕の同僚が話だが、強い能力者ほど学園都市から出るのも難しくなるらしい」
「え?」
それは初耳だ。学園都市は壁で覆われて外へ出るのに手続きが必要なのは知ってる。
「高レベルの能力者ほど外へ出るのが難しくなるけど、逆に上条当麻や君のように科学側の基準だと無能力者として扱われる存在になればなるほど外へ出やすくなるという事さ。まあそのおかげで何故か無能力者として扱われてる上条当麻は使われやすいという事なんだけどね」
つまり美琴は旅行なりデモンストレーションなり理由がなければ学園都市の外へ出られない。
考えれば学園都市は自分達の技術を外へあまり出したがらず、能力者の髪の毛が採取される事も恐れている。
それがレベル5なら尚更だ。
しかしこう言ってはなんだが無能力者は学園都市から見れば価値が薄いのである。上条のような訳の分からない能力も含めてだ。
だから無能力者は高レベル能力者よりも全然外へ出やすい。
これから上条がステイルとインデックスと合流するにしても、あっさり外へ出られるだろう。
ステイルは更に状況を解説してくれる。
「それにこの一件にローマ正教のシスター部隊も動いている。概ね250人って所かな、それだけの人間が動いている。向こうにも面子ってものがあるのさ。いまいちきな臭いけどね」
『250人以上もの人間が動いてる事態』
『レベル5に匹敵する上に、7人しか居ないそれよりも数が多い”聖人”』
『世界を滅ぼすと言われる”法の書”』
科学サイドの常識で生きてきた佐天にとっても、どれも非現実的な響きだ。
実際、その全てが中二病の幻想である可能性もある。
だが「学園都市の外で能力が開発されている」という情報は恐らく事実だろう。
「魔術」というのは、そのコードネームなのかもしれないと佐天は考える。
事実、佐天は前に「学芸都市」へ旅行に行った時にショチトルという少女との出会いを通して、その異能を垣間見た事があるからだ。
困惑する佐天に対し、インデックスはステイルの背から降りて佐天の肩に抱きつく。
「ここから先は魔術側の問題だから、るいこはファミレスで短髪達と美味しい物を食べてていいんだよ。でも、とうまを見かけたら伝えておいてくれると嬉しいな」
その言葉の響きは聖母のようだった。
「ここから先は地獄の底かもしれないんだよ。とうまは”幻想殺し”で地獄の底から引きずりあげてくれたけど」
「私、幻想殺しなんか持ってない……」
「うん、るいこはそれでいいと思う。とうまはとびっきりのおバカさんだから、るいこが真似する必要なんてないんだよ」
そう言い残して去っていくインデックスとステイル。
まだ何か揉めているようだが、それはインデックスが一方的に噛みついてるだけであった。
どうもあの二人の関係も佐天が知らない所で繋がっているようだ。
残された佐天に行ける道は3つある。
1つめはあんな電波な人達の事は忘れて、美琴達の居るいつもの日常へ帰る事。
適度なポジションでまとめ役をしつつ「ビリッと解決」していくのが佐天が帰った日常であるはずだからだ。
2つめは上条を探してこの事を話す事。
彼は佐天のようなただの無能力者と違って幻想殺しを持ってる。
それにインデックスの身内もある。彼なら超理論で付きぬけてくれるだろう。
学園都市に出るのもたやすい。
では3つめとはなんなのか。そんなもの決まってる。
「そりゃそうだよ。私には地獄の底から引きずりあげてやる右手なんて持ってないもの」
佐天は幻想殺しを持たない。ただの無能力者だ。
でも……っ!
「地獄の底から引きずりあげてやれなければ……地獄の底へ突っ込むしかないっしょ!」
何故、自分がそこまでインデックスに思い入れるかは佐天自身も分からない。
イカ娘に似てる、だけでは理屈に合わない。
でもそれだけではなくて「魔術」なる概念にも興味が出てきた。
そして佐天は学園都市という箱庭の外へ出た。
握りしめるのは金属バットと家族からもらったお守り。
頼りになるのはイカ娘によく似たインデックスに対する庇護欲と「魔術」に対する好奇心。
佐天と魔術が交差する時、物語は始まる……。
第2話B 天草式と佐天が交差する時
場面は変わって、学園都市の外。
クワガタのような髪をした男は軽く夕焼けを見上げ、口の中で静かに唱えた。
「さて、お前に見せてやろうぞ、女教皇様(かんざきかおり)。多角宗教融合型十字教術式・天草式十字凄教の今の姿を」
「建宮さん、それ悪役っぽい台詞です。ていうか女教皇様をお前呼ばわりしないでください。不快です。死にます」
「五和それ言い過ぎよな」
説明しよう!
彼らの名は天草式十字凄教。
今はこのクワガタのような黒光りをした頭の兄ちゃんがリーダーをやってる。
だが彼らは実は元リーダーの神裂さんに見限られた人々なのだ。内部分裂だねっ♪
神裂さんはその後に上条さんに知った風な説教されて「うこド!」って怒ったぞ。
彼は主人公(ヒーロー)としての訓練を受けています。訓練を受けてない人は上から目線の説教は止めましょう。
「もう一度聞きますけど建宮さん。女教皇様をなんでお前呼ばわりするんですか?」
「いやノリよな?」
「だからそれ悪役の台詞ですってば」
二重まぶたなショートヘアの少女はクワガタ男・建宮斎字に海軍用船上槍の穂先で頭をペンペン叩く。
一応、建宮は代理のリーダーなのだがカリスマはあまりない。
あくまで天草式は神裂火織と共に歩んできた組織なのだ。
しかし今の神裂はイギリス清教の「必要悪の教会(ネセサリウス)」に行ってしまった。
それでも残された天草式の52人は必死でその教えを守ろうとしてきた。
『救われぬ者に救いの手を』(Salvere000)
それが神裂の魔法名であり、天草式にとっても彼らが信ずる道である。
天草式の52名は何かしら神裂に恩や尊敬の意がある。
それ故に神裂に見捨てられた時はショックを受けた者が多かった。
だが建宮はその理由もすぐに分かった。
それは自分達が弱いからだ。自分達が弱くて足手まといになるから神裂はそれを重荷に感じてしまったのだ。
だから……っ!
「しかし見事なまでにオルソラさんに逃げられましたよね」
「む……むぅ」
だが彼らは同じ事を繰り返している。
彼らは『救われぬ者に救いの手を』という教義に殉じて、法の書を解読してしまったローマ正教のシスター・オルソラを救いだした。
しかし逃げられたのだ。
『貴方様がたにはご迷惑をおかけする訳には参りません』とオルソラは言い残して逃げて行った。
「だが、あのシスター。このままだと確実に殺されるよな」
「ええ。ひどい拷問を受けると思います」
オルソラが解読した法の書は魔術世界にとっては危険な魔術書だ。
異端審問会によって魔女裁判にかけられるのは自明である。
「俺はローマ正教の集合場所を見張っておくよな。オルソラがローマのシスターに拉致された時が狙い目だからよぉ。五和、お前はオルソラを探しとけ」
「あ、はい。んじゃちょっくら行ってきます」
二重まぶたの少女・五和はオルソラを探す事にした。
今もこの辺りに居るかもしれないからだ。
天草式の強みは隠密性にある。
日本人である事もあってか五和も傍目から見ると私服の女子高生にしか見えない。
ここが風景から浮いてしまうローマ正教のシスターに対するアドバンテージだ。
学園都市の外ではあるものの、ここもやはり科学文明の恩恵にあやかった日本だ。
ローマ正教の黒い修道服を着たシスターが街中を闊歩していれば目立つ。
それはオルソラが周囲に浮きやすいということであり、オルソラを追う敵のシスターも動きづらい……はずだった。
五和が原付バイクを走らせてから10分もしない内に、黒い修道服を着た女性の姿を見つける事が出来た。
「オルソラさん……いや違う?」
確かにそれはローマ正教の修道服であった。
しかしその姿が二つある事に気づく。つまりオルソラだけではなく敵のシスターも居るということだ。
ローマ正教の武闘派シスターには『異教徒や裏切り者は何をしてもかまわない』という信条を持った狂信者も多い。
この日本であっても何をするか分からない。
「救われぬ者に救いの手を……っ!」
五和は敬愛する神裂の信念を反復する。
それは魔術師としてはあまりに非力な五和の信念でもある。
一方、その頃ローマ正教の黒いシスターは聖職者らしからぬ口汚い言葉を相手にぶつけていた。
「どうして私がこんな、異教の者に、修道服のスカートを、み、見られた!?」
「そ、そっちがめくってきたんじゃないですか!」
「黙りなさい!ビッチが!ああ、シスター・アンジェレネ!は、早く消毒液を……」
だがそこにオルソラは居なかった。
ローマのシスターが責めているのはオルソラではなく、一般人だった。
オルソラを処刑すべく連行しに来た武闘派シスターが二人。どちらも”今の立場”としては五和の敵である。
そしてシスター二人が襲っているのは、五和よりは年下に見えるロング黒髪の少女である。
「何故、一般人がシスターに襲われてるの!?」
確かにローマ正教の過激派は異教徒に対しては容赦を見せない。
しかし今は表向きは科学と魔術の均衡が取れた状態だ。
向こうだってオルソラを連れて行けばよいだけで、無駄な干渉は避けたいはずだが……。
「ス、スカートめくりは学園都市でも行われてますけど……というか私がめくってますけど、シスターさんもスカートめくるんですね!?」
「お黙りなさい異教徒め!てか貴女のせいですよシスター・アンジェレネ!」
「い、いやだってシスター・ルチアが荒ぶってるから……」
スカートがどうこうで言い争いをするシスター二人と一般人の少女。
だが怒れるシスターは今でも魔術を使って一般人の少女を抹殺しかねない。
一体どうしてこうなったのかは分からないが、しかし五和のやるべき事は決まっていた。
「はあああっ!」
五和はバイクを走らせながら、海軍用船上槍を横薙ぎにして思いっきり大柄のシスターをぶったたく。
「ぐげっ!」
「シスター・ルチア!」
バイクの加速度も相まってシスター・ルチアは数メートルほどぶっ飛ぶが、まず死なないだろう。
不殺も神裂の信条である。五和はそれを護る。
「ぐっ、ぐほっ!やはり天草式ですか!あの忌々しい学園都市にまで手を伸ばすとはやはり不届き者!確実に滅ぼさねば……げふっ!」
「だ、大丈夫ですか。シスター・ルチア。今、治療魔法を……」
「要りません!そんな事より早く追いなさい!」
「逃げられました……」
「なんですって!?」
五和は神技的なバイクの運転技法で、シスター達に因縁をつけられてた一般人の少女を後部座席に乗せて走り去っていた。
「いやー。助かりました。チンピラに襲われるのは割と慣れてるつもりだったんですが、まさかシスターさんもチンピラだったとは……」
少女は五和に礼を言う。
だが五和はその少女が何故シスターに襲われていたのか分からなかったので、その素性を問う。
「学園都市から来たって聞こえたけどどういう事?」
「あ、はい。私、学園都市から出てシスターの子を探しに来たんです。あ、さっきの人達みたいな黒いのじゃなくて白いシスターなんですけどね」
「白いシスター?」
「知りません?イン娘って子」
「いや知らないですねぇ」
五和が「イン娘」という単語に引っかかりを覚える中、学園都市から出てきたという少女は自己紹介を始めた。
「ああ、助けてくれてどもー。私、佐天涙子って言います」
この時、また一つ魔術と科学が交差した。
天草式は佐天と出会った、出会ってしまったのだ。
一方、その頃。
「ふむ……『プラン』ではこの事件に関わる科学側の人間は『幻想殺し』ただ一人だったはずだが……」
学園都市の「窓のないビル」。
ここには水槽の中で逆さづりになった男が居た。
アレイスター・クロウリー。学園都市の理事長。そして「人間」である。
「なるほど。やはり『超電磁砲』の少女の周辺は不確定要素が多すぎるといった所か。だがそれが面白い」
アレイスターは全てを見通したかのように一人ごちる。
彼が見るのは過去か、未来か。
「佐天涙子……『幻想御手』の被害者でしかないはずだった君が居た所で何かが変わる訳ではない……どちらにしろ『幻想殺し』はアニェーゼ・サンクティスの幻想を終わらせるだろう。その戦いに君の入る幕はない」
アレイスターは自らが知る『プラン』だ。それは未来だ。
結論から言えば、『プラン』は何も変わらないだろう。
あの不条理な戦いは佐天が交わろうが何も変わらない。
『幻想殺し』の少年はいつものようにその右手だけで闘うだけだ。
それはアレイスターも分かっている。『幻想殺し』の少年はそういう男だ。
しかし、それだけで終わらないかもしれない。
「魔術と科学が交差する時、物語は始まる……せいぜい頑張りたまえ、”能力者”の少女よ」
そう呟いたアレイスターの顔はどこか楽しげであった。
第2話C 御使堕しじゃなイカ?
五和はバイクを走らせ続けるが、どこへ行けばいいのか迷っていた。
本来ならば彼女はオルソラを見つけ次第、保護すべきなのだ。
しかし誰にでも手を差し伸べるのが天草式の信条だ。
それ故に今は学園都市から出てきたという少女を何故か連れている。
「涙子ちゃん……って言いましたっけ」
「あー、下の名前で呼ばれるの珍しいですね。いつも上の名字で佐天さんとばっか呼ばれるんで」
「なんで学園都市から出てきたの?」
「あ、ああ。大覇星祭って運動会があるんですけど、その準備のおかげで警備が甘いんですよ」
大覇星祭(だいはせいさい)は学園都市が主催する能力者の大運動会のことだ。
学園都市は外から隔離された箱庭だが、この時期は生徒の関係者や一般人の出入りが可能になっている。
そのためテロを警戒しなければならない側面もあるのだが。
「という事は涙子ちゃんは能力者なんですね」
「えっ。ま、まあ能力開発は受けてますけど……レベル0というかなんというか……」
何気なく問う五和。学園都市は科学による超能力の研究施設でもある。
だが全ての人間に能力があるとは限らず、佐天は能力が発現しなかった。
学園都市の実際は才能に応じて待遇が変わる管理社会であった。
佐天にもそれゆえの苦悩や古傷などはあるのだ。
しかし五和の反応はまた違った物だった。
「レベル0!凄いです!あのカミジョーさんと同じじゃないですか!」
「は?」
カミジョーさんとは恐らく一人しか居ないだろう。
「か、上条さんってあの?」
「はいっ!伝聞ですが女教皇様……神裂様を拳で殴り飛ばした学園都市の生ける伝説だとか……」
そう、あの上条当麻だ。彼の名は学園都市の外へも轟いているらしい。
実際、五和の言う所の「女教皇(神裂)を上条が殴り飛ばした」というのは事実ではない。
むしろ神裂は幻想殺しが意味を成さない肉弾戦によって上条を3日寝込むくらい叩きのめした。上条は負けたのである。
ただその際、上条が放った説教じみた信念は神裂の心に響いてはいるのだが。
五和は日本人ではあるが、決して学園都市=科学サイドの人間ではない。
基本的に学園都市は情報を外部から遮断している。
上条当麻という「天災」をレベル0の基準として考えてしまっても不思議ではないのだ。
そして五和は佐天の事も上条と同レベルで見なしている。
「え。ま、まあ上条さんっつーても大した事ないっすよ。私も間違って殴り飛ばした事がありますし」
インデックスを送り届けた際、帰って来た上条とバッタリ出くわしたのである。
佐天を泥棒と誤解した上条はいきなり顔面パンチをかまそうとしてきたので逆にバットを振るって気絶させたのだ。
「尚更すごいじゃないですか! なるほど……上条さんをも打ち倒すレベル0を大量に有する学園都市。さすがです!」
五和はよりレベル0に対して誤解を増したようだ。
何気に魔術と科学の常識のブレは根深い。
逆に能力者は魔術の事を「外で開発された能力」と認識してたりするのだから、どっちもどっちだが。
「でもなんでローマのシスターに襲われてたんですか?」
「ああスカートめくりを見せびらかしてきたんですよ」
これは本当だ。
佐天が学園都市の外に出たはいいが行く場所が分からず途方に迷ってた所、なんか見るからに胡散臭いシスター(黒)がスカートをめくっていたのだ。
「あの人達も人払いの魔術を使ってるはずですけどね……」
さすがに敵のシスターも馬鹿ではない。
一般人には見られないように人払いのルーンを上手く使って移動してたはず。
理由は不明だがこの佐天は人払いの魔術を無効化したのだ。
「やはりこの子、タダモノじゃない……」
一方、佐天も「実は無能力者でしたー」と五和に言い出す事も出来なかった。
しかし元から覚悟の上で学園都市から出たのだと改めて自分の目的を思い出す。
そう、あの自称14歳の赤い変態神父から愛しのインちゃんを奪い返すのだ。
あれ?なんでインちゃん好きなんだっけ?まあいいや。
きっとイカちゃんに似てるからだ。
佐天はくんくんと鼻を鳴らす。
いつの間にか嗅覚だけでインデックスのイカ臭いにおいをかぎ取る事が出来たのだ。
その嗅覚によってインデックスは近くに居る。
「あそこにインちゃんは居ます!」
佐天が指差した方向には古劇場があった。これがどういった能力かは分からない。
自分でも何故ここまでインデックスという少女に拘るのか佐天にも分からない。
だがイカちゃんが可愛いのは世界の真理だ。
そのイカちゃんに似てるインちゃんも可愛い。
えへアはは。
〜〜〜〜〜
様子がおかしいのは夏休みの頃からだった。
裏で自殺まで考えていた美琴が本調子に戻り、「上条がレベル5の一方通行を殴り飛ばした」という噂が経った頃。
突如、佐天は自分の体が自分ではなくなった感覚に陥った。
結論から言おう。
上条が一方通行を殴り飛ばした後、世界中で人間の体が入れ替わる「御使堕し(エンゼルフォール)」という魔術が発動していた。
無論、魔術に無抵抗な佐天も例外ではなく、体が入れ換わっていた。
その時、ただ「体が入れ替わった佐天」はどこかの海の家でイカ臭い白い少女に抱きついていた。
どれだけウザがられ殴り飛ばされても、好かれたいと本気で思っていた。
それが人智を超えた狂気の領域であっても……。
その少女の名を「長月早苗」という。
この早苗という少女は常識に囚われない変態淑女だったのである。
いや百合を通り越した変態淑女なら学園都市でも風紀委員をやってるくらいである。ていうか黒子である。
だが「長月早苗」という少女が狂った理由は、彼女が「イカのような娘」を見てしまったからである。
その「イカのような娘」は邪神の眷属だったのだろう。
早苗は「イカのような娘」に心を侵略されてしまったのだ。
寝ても覚めても考えるのは「イカのような娘」の事ばかり。
一方通行だけども、そこにある狂気。
そんな邪神イカに魂を侵略されたら邪神イカを愛するのだ。
そして「御使堕し」によって佐天涙子は早苗の魂と入れ変わった。
邪神・イカのような娘に心を狂わされた魂は、佐天の体すらも汚染するのは十分だった。
佐天は早苗のように「イカのような娘」を愛さなければ居られなくなった。
では早苗の魂を一時的に宿して狂った佐天は、なぜ「イカのような娘」ではなく「インデックス」を愛してしまったのか。
それはインデックスが「イカのような娘」に記したクトゥルーの魔術書を記憶していたからだろう。
佐天がインデックスの匂いをかぎ取れるのも、魔術書の記憶を辿っている。
それ以上に「イカのような娘」と「インデックス」が似ていたせいかもしれない……。
そのツケを佐天はこうして払われている。インデックスへの愛によって。
〜〜〜〜〜
「五和さん……私、インちゃんを取り戻さなきゃいけないんです!」
佐天は早苗の魂が元に戻った後もひたすらインデックスの事ばかり考えていた。
今ならインデックスの写真を見ただけでごはんを食べられる。まさに「インちゃんはおかず」状態だろう。
それは狂気か、それとも愛か。
ただ一つ言える事は本来関わる事のなかったはずの佐天とインデックスは「交差」してしまったのだ。
「涙子ちゃん……」
五和は今佐天と知り合ったばかりである。
それ以上にレベル0の基準が上条当麻であるから誤解すら持っている。
しかし佐天が突き動かされる「イカのような娘に好かれたい」という衝動だけは伝わって来た。
であればやる事は一つだけだ。救われぬ者に救いの手を、だ。
「涙子ちゃん……行きますよ!その”イン”って人を助けに……」
「五和さん……ええ、インちゃんを取り戻します!」
天草式の信念を貫く五和と、狂気的なインデックスへの愛に突き動かされる佐天。
交差した二人は、一体何を見るのか。
第2話D 不条理なお話
学園都市から3キロほど離れた所に廃劇場「薄明座」はある。
潰れてから間もない為かまだまだ傷んだ所は見られない。
そして五和と佐天はバイクを走らせてここまでやってきた。
「本当に”イン”って人はここに居るんですか?」
五和は同行していた佐天に問う。
何故ならこの付近にもローマ正教から派遣されてきた”敵”の魔術師の姿が見られたからである。
素人の佐天を連れての潜入はさすがに負担も大きい。
五和はこれでも魔術師であるし、複数人数を相手にしても武装シスターくらいなら渡り合えるくらいには力を持っている。
しかしそれでもやはり限界はある。魔術師とは言えども250人もの”敵”に対して渡り合えるほどの強さなど持ちえていないのだ。
五和も敵に殺される恐怖を人並みに抱えるようなちっぽけな人間に過ぎない。
「はい。ここからインちゃんの匂いがします」
一方の佐天は能力開発を受けても学園都市から認められる才能は持ち得ていない。
勿論、女子中学生なので喧嘩も強くない。
上条を一瞬だけ気絶させたと言っても殆ど不意打ちで殴り飛ばして気絶させたようなもんだ。
しかし心に抱える気概は五和とは正反対である。
五和は敵のシスターに相対する脅えを捨て切れていない。
だが、佐天は恐怖よりはこの手でインデックスを抱きしめたい”狂気”が優っているのだろう。
その点、五和と佐天は対照的なコンビといえた。
佐天は何かの匂いを嗅いでいたが、やがて何かの異変に気がついたようだ。
「はっ!五和さん気をつけて!」
「はっ、はい」
五和は佐天の指示に応じて彼女を連れてワイヤーを天井の証明に引っかけてぶら下がる。
しばらくするとそこに黒いシスターが二名現れた。その黒い修道服は敵である事を示している。
もし佐天が察知しなければ見つかっていたかもしれない。
二人とも幼く見えるが「能力」の強さに外見年齢はあまり頼りにならない。
それは学園都市でも外の魔術世界でも変わらないようだ。
佐天と五和の下で、その内の厚底ブーツを履いた黒シスターが今にも唾を吐きそうな勢いで愚痴っていた。
「しかしイギリス清教ってのはどうも信用出来やがりませんね。シスター・アンジェレネ」
そのアンジェレネと呼ばれたシスターは先ほど佐天にいちゃもんをつけてたシスターの取り巻きだった。
しかしアンジェレネは自分達のすぐ上に佐天と五和が居る事に気づかないようだった。
「あの赤い神父とシスター……必要悪の教会(ネセサリウス)の者らしいですね、シスター・アニェーゼ」
「イギリスの最大司教は女狐との噂が絶えない輩でやがりますからね」
「騎士派が動いてるという話も聞きましたよ。あの人達に任せれば……」
「ははっ。そりゃ楽な仕事です。連中が天草式とオルソラを皆殺しにしてくれりゃ楽なんですがね。ま、それとこれとは話が別って事です」
アニェーゼと呼ばれた厚底ブーツのシスターはどこか冷笑的な表情で語る。
「面倒くせぇんで全部イギリスにぶち殺してもらいましょうか。あのネセサリウスの連中も天草式とつぶし合ってもらうつもりですし」
「まるで悪役みたいですね、私達」
「少なくとも汚れ役である事は間違いねえですけどね。まあこの世界はそんな風に出来ちまってるって事です」
天井にワイヤーでぶら下がっていた五和は、アニェーゼとアンジェレネの会話を聞いて現在の状況を把握したのか深刻そうな表情を浮かべていた。
「そんな…騎士派とネセサリウスが動いているなんて…」
「つまり……どういう事なんですか」
一方の佐天には状況が掴めてなかった。
「つまりイギリスが私達『天草式』の敵に回ったという事です」
「イギリス?」
今まで学園都市に籠もっていた佐天にはまだその響きの意味が分からない。
だが彼女の直感が「ここにインちゃんが居る」と悟っているのだ。
一方、アニェーゼとアンジェレネの雑談はまだ続いてるようだった。
「シスター・アニェーゼ……。私にはあの禁書目録が信用出来ません」
「禁書目録……?ああ、あの十万三千冊の魔導書を記憶してるあのシスターの事ですか」
「あのインの人は危険です。シスター・オルソラなんかよりよっぽど……」
「そりゃ禁書目録も法の書は記憶してやがるでしょうが、解読には至らなかったという話ですがね。法の書はダミーが多いっつう噂ですし、もしかしたらオルソラも『本当は解読していない』のかもしれませんがんな事知ったこっちゃないと。オルソラはただ『不幸』だったんでしょうがね」
「いえ。インの人は……その旧侵略者なのではないかと」
「旧支配者ぁ?」
「はい。インの人はイカの邪神の末裔に思えます」
アニェーゼは流石に訝しんでいたがアンジェレネは至って真面目だった。
彼女は本当に『イン娘』に恐怖してるのだ。
「聞いた事無いですか?あのクトゥルーの魔導書に出てくるイカの邪神。それがインの人の正体です!彼女を手に入れた者は世界すら侵略するでしょう!」
「話が飛躍しやがり過ぎます。まあ神の右席のフィアンマ様なんかは禁書目録を欲しがってるという噂もありますがあの連中もきな臭い方々ですからねえ」
「でも錬金術師アウレオルス・レザード様はインの人のせいで狂わされたんです!恐ろしい!一刻も早くインの人をなんとかしないと!」
「やれやれ……」
アニェーゼは『インなんとか』の排除論を唱えるアンジェレネに対して、何を言っても無駄と考えたのだろう。
「んじゃ私がその禁書目録の監視でもやりやがりますか」
「く、狂いますよシスター・アニェーゼ!」
「原典を見せられたり魔滅の歌とやらを聞かされるならまだしも、そうでもなければ害なんぞ無いでしょうよ」
アニェーゼがその場から去るのをアンジェレネのみならず、天井で息を潜める五和と佐天も耳にしていた。
「ど、どうしましょう涙子ちゃん!」
「いや私に言われても分かりませんってば!」
五和は複雑に入り組んだ状況を飲み込めてなかったようだ。
状況が分からないのは佐天も同じである。
しかし五和が精神的に混乱してるのとは対照的に佐天は何をやればいいかは把握していた。
「五和さん。貴女には今の状況が何が見えますか」
「え?いえ、何も……」
「だったら……見に行きましょう」
「え?」
「まず『ネセなんとか』が誰なのか。そこから見ましょう」
そう、五和に分からない状況が佐天に分かるはずが無い。
しかし、だからこそ「その目で見る」のが大事なのだと佐天は思う。
それが今まで彼女が学んだ事だった。
またド素人の佐天の言い分ではあったが少しは五和も冷静さを取り戻したようだ。
「ええ……ネセサリウスについては私も調べてたんです。状況を掴む為にも実際に見なければ……」
「それにあのシスターの人が言ってた『インの人』って、私のインちゃんかもしれません」
佐天も今ここに来た理由を思い出した。
ただインちゃんに好かれたい。
その衝動で佐天は学園都市から出たのだ。
そして『イン』の匂いはこの近くにある。
「行きましょうよ。どれだけ意味の分からない展開でも、しっかりと何が起こってるのか見る為に!」
「涙子ちゃん……ええ!行きましょう!」
そして魔術師の少女と能力者の少女は、この不条理なお話の正体を見るべく劇場の奥へと進んだ。
第3話へ続く
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