前回までのあらすじ
 新軽音部における部長としての立ち位置が掴めず思い悩む梓は、旧部長の律と再会して彼女の実家に泊まりに行く事になった。
 余談だが梓ママはクラギの弾き手だった

 〜Aパート〜

 律の実家は和菓子屋である。
 田井中屋という看板を立てられたらその店は派手さはなく地味な佇まいを醸し出していた。
 だがその地味さが侘び寂びという物なのだろう。

「ただいま〜」

「お……お邪魔します」

 律は店の裏にある勝手口から入り、梓も恐る恐るながらそれに続く。

「しかしいつも思うんですけど律先輩の家が和菓子屋って地味でイメージに合わないんですよね」

「地味って言うな」

 確かに殆ど会った事のない唯の両親やものすごい富豪であるムギの実家に比べると律の実家は『平凡』かもしれない。
 だがその平凡さも決して悪い事では無いだろう。
 梓はそう思いながら田井中家の居間に入る。

 そこで梓は驚くべき物を目にした。

「なっ!?」

 ちゃぶ台の上には男性老人の……死体が転がっていた。
 見るからに血の気が薄く、白目を剥いている。
 触ってみるとすごく体が冷たかった。

 恐らく律の祖父らしき人物の死体に梓は狼狽し始めた。

「ひっ人が……!? きっ救急車を呼ばないと! それか警察を!」

 梓にとってこの老人は全く面識の無い人物だった。
 しかし流石に死んだ人間の死体を見る事に慣れてはいない。

 だが律は祖父の死体(?)を見てもいたって平静のままだった。

「ああ。じいちゃんの死体ごっこだな。いつもの事だよ」

「し、死体ごっこ!? でも血の気が無いですし……」

「こういう体質なんだよ。全くしょうがねーな」

 律は祖父の死体(?)の耳元に顔を近づけて囁いた。

「おい、じいちゃん。早く起きないと棚に入れといたまんじゅう食べちゃうぞ〜」

するとまるで生き返ったように律のじいちゃんが飛び上がった。

「おお。わしのとっておいたまんじゅうを食べるとは……律っちゃんが『べるふぇごーる』になりおったわい」

 そう言う律の祖父はやたらひょうきんなじいちゃんだった。

「な〜にがベルフェゴールだよ。つーか人の後輩の前で心臓に悪い真似すんなよ。変なじいちゃんだと思われるぞ〜」

 じいちゃんは梓を一瞥する。

「りっちゃんや。あの黒髪のべっぴんさんは澪ちゃんの妹さんかのう」

「ああ、澪2号だ」

 今、律がノリで凄い事を言った。
 だがじいちゃんは孫の冗談を本気にしたらしい。

「カカカ! 確かに澪ちゃんに良く似たべっぴんさんじゃ! 将来は良い嫁さんになるじゃろうて!」

 梓は誤解を解くのも面倒臭くなったのかじいちゃんに自己紹介する事にした。

「初めまして。私、律先輩の後輩の梓です」

「そうかえ。あずちゃんかい」

「いえ私はあずちゃんではないです」

 呼称に違和感があった梓に対し律は横から割って入る。

「じいちゃん。梓は妖怪『ヤッテヤルデス』でな。ヤッテヤルデスは猫又の仲間だから『あずにゃん』と呼ばれてるのだ」

「妖怪じゃないですってば!」

 まさかの人外扱いに梓は冷や汗をかくが、じいちゃんは本気にしたのかしないのかわからないような笑いを浮かべた。

「カカカ! 律っちゃんは『べるふぇごーる』じゃからのう!」

「ああ、私はベルフェゴールだからな。後輩も妖怪なのさ」

「このノリ……つ、ついていけないです……」

 無駄にハイテンションな田井中家の律とじいちゃんのやり取りに少し引く梓。
 そもそも律がベルフェゴールと呼ばれる理由はなんなのか分からない。
 VIPに『梓「ベルフェゴール!」』とかいうSSスレでも立つのだろうか。

 思考が混乱する梓だったが、じいちゃんが語りかけてくる。

「のう。あずちゃんは『ヤッテヤルデス』かのう? それとも『あずにゃん』かのう?」

「あずにゃんです!」

「ほう、あずにゃんかい。カカカ!」

 梓は反射的に返したが、そのせいでじいちゃんは「あずにゃん」というあだ名を知ってしまう。

「あずにゃんちゃんや。律っちゃんは『べるふぇごーる』じゃがこれでもいい子なんで仲良くしてやっとくれな」

「あ、はい……」

 ハイテンションなノリについてこれない梓だったが、そこに別の人物が居間に現れた。

「あらあら、おじいさん。またおかしな事をやってるのかしら」

 その人物は老女であった。
 恐らく律の祖母なのだろう。

「ばあさんや。律っちゃんの仲間のあずにゃんちゃんが遊びに来たぞ!まんじゅうを出してやりなさい!」

「はいはい」

 老眼鏡をかけたおばあちゃんはじいちゃんを放置して律と梓に語りかける。

「おかえり律っちゃん」

「おう、ただいま婆ちゃん。ああ、これは私達の後輩の梓」

「そうですかぁ。初めましてぇ、律っちゃんの祖母です」

 お辞儀をするおばあちゃんに梓も丁寧に返事をする。

「あ、梓です。よろしくお願いします」

「こちらこそ律っちゃんがいつもお世話になっています」

 田井中家のじいちゃんはエキセントリックだが、ばあちゃんはマトモらしい。
 そして、ばあちゃんはじいちゃんを引っ張って出て行った。

「さて孫達が困りますから、行きますよおじいさん」

「いたた離さんかい、ばあさんや……またのう、あずにゃんちゃんやぁい」

 そして居間には梓と律だけが残された。

「……すまん。ウチのじいちゃんはオカルトかぶれなんだ。悪気がある訳じゃないはずなんだ……多分」

 おもむろに律が弁解するが、梓は疲弊したまま言い放つ。

「……これからは律先輩の事をたまにベルフェゴールと呼ぶことにします」

「中野ォ!」

 梓はちょっと帰りたいと思い始めてきた。
 だが梓のお泊まり会はもうちっとだけ続くんじゃよ。


 〜Bパート〜


「ほれ梓、食え」

 律はそう言って梓の目の前に緑茶と桃色の花をかたどった和菓子を出す。
 形はやや荒いがそれでも美味しそうだ。

「いただきます」

 梓は遠慮がちに和菓子を口に運ぶ。

「あ、美味しい……」

 梓は率直な感想をもらした。
 普段食べていたムギの洋菓子とはまた違った甘みがある。
 一方、律はそんな梓の姿を見て満足そうにこう言った。

「そうかそうか。そう喜んでくれると梓の為に作った甲斐があったよ」

「……えっ? 律先輩が作ったような言い方ですね」

「そうだよ。私が作った」

 この和菓子は律が作ったらしいという言葉を。梓はすぐに信じられなかった。

 和菓子作りには繊細な技術が必要なのだろう。
 しかしこの律という先輩は梓にしてみれば今に至るまで「ドラムの演奏が走りがち」なのだ。
 それだけ荒っぽい律がこのような和菓子を作れるのだろうか。

「またまた。律先輩にこんな和菓子が作れる訳ないじゃないですか」

 律が和菓子職人やってる姿が全く思い浮かべられない梓は割と容赦なく言い放つ。
 だが律は真顔だった。

「いや私、和菓子屋の娘なんだけど…」

 律と梓はしばし無言が続く。



 そして先に沈黙を破ったのは梓だった。

「えーマジ有り得なくないっすか!?やはり律先輩はベルフェゴール地味子……」

「ベルフェゴールって言うな!」

「でも意外でした。律先輩って和菓子作れたんですね」

「そういやウチの軽音部は親の事とか互いに知らなかったよな。唯やムギの実家とかは見るからに凄そうだから仕方ないが」

 とにかく律の実家は和菓子屋なのである。
 和菓子屋であるからそこの娘である律が和菓子を作れても不思議ではない……はずなのだが。

「いつ和菓子作りの練習してたんですか?」

「決まってんじゃん。家に帰ってからだよ」

 律はバンドの練習もろくにせず(これは唯やムギも同じだが)、 N女子大に入れたのも裏口入学を疑うくらいに学力がよろしくない。
 だが梓の知らない所で実家の手伝いをしていたらしいのである。
 その修行のせいかがこれなのだろう。

「でも大学受験はロクにしてなかったですよね。律先輩はRPGのレベル上げをやってたと唯先輩が言ってましたよ」

「それはそれ。実家は実家だ」

 今まで梓はあの桜高の音楽室を中心に見て先輩達は「練習不足」だと思っていた。
 だが音楽室だけで人生を過ごしていた訳ではなかった。
 少なくとも律は家でもやる事はやっていたのである。

 今までにない律の側面を垣間見た梓であった。

「それよりそろそろ飯の時間だな」

「ああ、こんな時間ですからね」

 壁に立てかけられた時計を見ると午後6時ごろを過ぎようとしていた。

「だから飯代ついでに家の仕事手伝っていけ」

「……はい?」

 それから梓は律の実家の後片付けや明日の準備などを手伝わされるハメになった。

「ふおおっ!」

 和菓子屋の袋はやたら重い。
 いつもギターを持ち運んでる梓でも一人で持ち運ぶのは辛い重さだった。

 律は始めから家の手伝いをさせるために梓を呼んだのかもしれない。

「やっぱり律先輩はベルフェゴールだ……っ!」

 梓は重たい袋を運ぶながら、今度から本当に律をそう呼んでやろうと決めるのだった。


#6「イメチェン!」へ続く



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